【越山若水】十数万人の命が一瞬にして奪われた原爆投下の日。1945(昭和20)年8月6日。73年前と同じ月曜日の朝を迎えたきのう、広島市で平和記念式典が営まれた▼平成で最後となるタイミングで、より強く響いた平和への祈り。同じ惨劇を二度と繰り返さない、核兵器のない世界を実現するという真摯(しんし)な思いがにじみ出た▼ただ歯切れの悪さも垣間見えた。松井一実広島市長は平和宣言で、自国第一主義の台頭を懸念しながら、日本政府に核兵器禁止条約の批准を直接は要求しなかった▼安倍晋三首相の挨拶(あいさつ)にしても、唯一の戦争被爆国として核兵器の廃絶は使命と言いつつ、各国の進め方に違いが生じていると弁解。日本は粘り強く双方の“橋渡し”に努めると、やや腰が引けている▼どこかで聞いた話だが、新たな課題に直面すると大人は得てして「やれる理屈」より「やれない理屈」を並べ立てるという。それに比べると、子どもたちは純粋そのものだ▼小学生が読み上げた「平和への誓い」。「平和とは、自然に笑顔になれること」「人も自分も幸せであること」「夢や希望が持てる未来があること」▼さらに言い放つ。「平和をつくることは難しいことではない」「私たちは無力ではないのです」。平和への思いを世界に届けるため「私たちが学んで心に感じたことを、伝える伝承者になります」。何とも心強い。

関連記事