江戸時代、福井城下の堀で最も幅が広かったことから、その名が付けられた「百間堀」。当時の絵図によると、最大幅は55間(約99メートル)だった。初代福井藩主・結城秀康が北庄城を拡張したとき、旧吉野川を利用して城の南東側に造った。今の駅前北通りや南通りが堀の東端に当たる。1896年の福井駅開業などで徐々に埋め立てられ、昭和20年代には姿を消した。