江戸時代に現福井市春山2丁目の一部にあった鍵町。芝原上水の分流「光明寺用水」の錠があったことから名付けられたといわれるが、1685年の「福居御城下絵図」には鶴屋町と記され、1713年の町絵図では鍵町になっている。将軍徳川綱吉が1688年、娘鶴姫の名前にかかわる文字の民間使用を禁じたことから、町名が変更されたのではないかといわれている。

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