昔、福井平野北西部に「千町ヶ沖」という低湿地があった。江戸期に福井側の波寄、白方村と旧三国側の米納津村の間で付近にあった「どす池」の用益権で争いになった。米納津は漁業、波寄、白方は干潟で畑作をするなどの事情があったためで、2度幕府裁判があったがともに米納津が勝訴。「波寄3000石大村なれど米納津小村に2度負けた」とうたわれたらしい。

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