「大量の宿題とドリル教育の価値」をテーマにおしゃべりを展開した「福井新聞オンライン×ゆるパブコラム・オフ会」=7月、鯖江市内

 「大量の宿題とドリル教育の価値」をテーマにおしゃべりを展開した「福井新聞オンライン×ゆるパブコラム・オフ会」(7月2日、鯖江市内)では、福井県内の小学校は宿題が多すぎるという話題から、「宿題は学ぶためというより、規律を守るための訓練のよう」という意見に発展。それを基に勉強ができることの価値や福井の教育の在り方などについて、トークテーマは広がっていった。

 ⇒オフ会の前編の記事を見る

 「福井の小学校では勉強ができるか、できないか(=宿題をするか、しないか)に対する人間の価値評価の比重がでかい。運動会で足が速かったり、絵がうまかったりとか、いろいろあるのに…。宿題をしなかったり、字がきたない子は駄目のレッテルを貼られていた」。コーディネーターの若新雄純さんの言葉に、県内出身の参加者も思い当たる節があったようだ。

 県内の20代学生は「小学生の頃、教室の黒板の片隅に『言語道断』と書かれたコーナーがあって、宿題を忘れると名前を張り出された」という。宿題を忘れると、クラスメートの前でさらし者にされるというわけだ。また、大野市出身の30代男性は「成績はそこまで悪くなかったけど、小5の3学期まで宿題をやっていったことがなく、変な人扱いをされていた」と打ち明けた。若新さんも「見えっ張りでテストはほぼ満点だったけど、宿題をしなかったから先生に一番ひどく言われた。テストでいい点を取って喜んでいても『あの宿題まだやってないぞ』って説教された」と付け加えた。

 福井生まれの記者にとって意外だったが、関東や関西育ちの参加者の地元では宿題をしてこないことに関して寛大だったという。横浜市出身の30代女性は「小学生の頃、クラスに全く宿題をしてこない子がいて、周りから『そこまでしないのはすごい。きっと天才だ』って言われていた」。神戸市出身の20代男性も「(宿題をしてこなくても)特別扱いされなかった。駄目なやつではない」と続いた。大阪府出身の40代女性は、大阪では「宿題やらなくても死なない」という言葉があるといい、「子どもの頃、母が(宿題しなくても)『そんなんで死ねへん、死ねへん』ってよく言っていて、命に関わることではないから別に構わないというおおらかさがあった」と話した。そのため、福井に住み始めて「宿題は絶対」という常識に面食らったという。

 さらに女性は関西地方の場合、勉強ができなくても「笑いの才能」によって救われると付け加えた。「笑わせることができることは、スポーツ万能だったり、頭がいいことと同じくらい大事な能力。先生も笑いをとれる子を認めているし、そこには重要な役割がある」。神戸市出身の20代男性も「まったく同じです」とうなずいた。ほかの参加者からは「勉強が駄目でも、(それぞれの才能を生かす)別の道があるのはいい」という意見が広がった。

関連記事