小浜藩主酒井忠勝が江戸幕府3代将軍徳川家光から拝領した駕籠=福井県小浜市の福井県立若狭歴史博物館

 幕末の1860(万延元)年、公武合体政策による皇女和宮と将軍徳川家茂の婚姻の際に、京都所司代だった小浜藩酒井家の12代酒井忠義(ただあき)が京都御所への参内に使ったことも酒井家文庫から判明。担ぎ棒の両端にある三つ葉葵の紋入り金具は、参内の際に施されたとみている。

 駕籠は廃藩で売りに出され1870(明治3)年、発心寺の檀家で小浜の商人が寺に寄付。昨年10月に始まった本堂の解体修理工事で見つかった。本体は箱に入れられて天井からつるされ、担ぎ棒は梁の上に渡されていた。

 駕籠に詳しい東京都江戸東京博物館の齋藤慎一学芸員は「将軍・大名クラスの男性用の『乗物(駕籠)』は実物がほとんど確認されていない中、家光の乗物が見つかったことは大変な驚き。乗物の仕様は武家社会の身分を表現しており、定型化し始めたころの作品として貴重」としている。

 また、県立若狭歴史博物館前館長の芝田寿朗専門員(63)は「将軍の駕籠が地方に残されることは通常あり得ず、小浜に伝わったことが奇跡。忠勝と家光がいかに親密であったかが分かる」と話している。同館は幕末明治福井150年博の関連展示として、8月1日から9月9日まで駕籠を特別公開している。

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