【越山若水】理想と現実にはギャップがある。ある程度年齢を重ねた大人なら分かるだろう。「とかくに人の世は住みにくい」とまでは言わないが、やはり一筋縄ではいかない▼歴史学の山本博文さんが「江戸散歩」(角川書店)でこんな話を書いている。舞台は赤ひげ先生でおなじみ、庶民の病気治療に開設された小石川養生所である▼当時の下層民は病気にかかっても、診察はもちろん施薬も看護も受けられず見放されていた。目安箱に投書された救済を求める意見が8代将軍吉宗の目に留まった▼幕府は843両(約1億6800万円)の予算を投じ、貧乏人や独り身の病人の診療を始めた。入院中の食事や寝間着、投薬などすべてを無料とし、大勢の患者が押し寄せた。ここまでは美談である▼ところが給金に不満を持つ医療補助者らが、治療お礼の品物を金銭で要求し始め、病人用の飯米を横流しし着服。養生所は次第にお金がないと行けない施設になったという▼江戸時代と違って、現代の病気治療は技術も進歩し病院の信用も高まったはず。ところが現実はそうでもない。医療現場の不祥事は今も後を絶たない▼横浜市の病院で看護師が点滴に消毒液を注入、複数の患者が死亡した。東京都の肺がん検診では画像診断を誤るミスが発覚した。救命の施設で起きた理想とは程遠い現実。赤ひげ先生の一喝を乞うばかりである。

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