3世代の天神様の掛け軸が並んだ近藤さん宅の床の間=福井市

 25日は学問の神様、菅原道真(すがわらのみちざね)公(天神様)の命日にちなんだ「天神講」。福井県嶺北地方では元日から床の間に天神様の掛け軸を飾り、25日に焼きガレイを供える風習が受け継がれている。全国的にも珍しい独特の風習は、どうして福井に根付いたのだろうか。起源を探ると、江戸時代に活躍した名君や人気絵師の存在が浮かび上がってきた。

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 天神様の掛け軸は、男の子が生まれると母親の実家が年末に贈る例が多いという。結納道具や掛け軸などを販売する「ふくい結納司 鏡屋」(福井市)は約450年の歴史を誇る老舗。18代店主の橋本宏敏さん(51)は「生まれた時から一生持ち続けるのは、天神様の掛け軸ぐらいのもの。天神様は祖父母の願いや愛情が“形”として残る、自分のためだけの神さまです」と、天神講の意義を強調する。

 絵の構図は台座やいすに座っているもの、牛に乗っているものが主流。価格帯は6万〜200万円超まで幅広く、売れ筋は25万〜35万円だという。近年は床の間のないマンションなどに向け、掛け軸の飾り台もある。

 橋本さんは「天神講の起こりは、16代福井藩主の松平春嶽公と聞いています」と説明する。春嶽が名君として活躍した幕末は、庶民の間でも学問が重要視され始めた時代。橋本さんは「春嶽公は福井藩の将来を担う子どもたちが学問に打ち込むよう、一年の初めに天神様をおまつりするよう奨励したのではないでしょうか」と推測する。

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 県内のさまざまな天神飾りを紹介した2015年の県立歴史博物館の企画展「ふくいの天神」を担当した川波久志学芸員によると、天神講の風習は北陸3県と、新潟、長野県それぞれの一部。福井のように掛け軸の地域もあれば、富山や新潟には天神様の木像を飾るところもあるという。福井県内でも丹南地方には掛け軸ではなく、木像や土人形を飾る風習がある。

 ただ、焼きガレイのお供えは福井市、坂井市、あわら市、大野市、勝山市、永平寺町を中心に見られる独特の風習で、全国的にも例がないという。「道真公がカレイを好んだ」という通説もあるが、川波さんは「お祝いの魚は一般的にはタイだろうが、比較的安くてほんのりと赤く、しかも冬に旬を迎えるアカガレイで代用するうちに定着したのではないか」という見立てだ。

 川波さんによると、残念ながら松平春嶽が天神講を奨励したと示す文献などは見つかっていない。現段階では明確なルーツは「分からない」ということだ。

 代わりに教わったのは、幕末の福井藩で活躍した町絵師、夢楽洞万司(むらくどうまんし)の存在。4〜5代にわたって「万司」の名を受け継ぎながら絵馬や掛け軸を製作・販売する工房「夢楽洞」を開き、色彩豊かな浮世絵で人気を博した。

 その工房の人気商品だった天神様「まんし天神」の掛け軸が、県内には多く残っている。上半身だけが描かれ、美人画を思わせるうりざね顔が特徴的。川波さんは「夢楽洞の存在が天神講の定着に何らかの影響を与えたのでは」と話す。

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 福井市の近藤功一さん(68)宅の床の間には、毎年3幅の天神様がまつられる。功一さん、息子の伸太郎さん(41)、孫の健太郎君(5)それぞれの掛け軸だ。天神様の前で弟の亮太郎君(2)と遊ぶ健太郎君は「これはじいちゃんの、これはお父さんの、これはぼくの」とうれしそうに掛け軸を指さした。

 近藤さん宅では天神講の日、焼きガレイと小煮しめ、白ご飯、お神酒を供えて家族でお参りする。カレイやご飯は家族で分け合い、子どもたちの成長と学業成就を願う。

 功一さんは「こういう風習は無駄なようで無駄じゃない。年1回かもしれないが、子どもたちが天神様に『勉強します』と手を合わせる。目には見えないけど、心の中に刻まれるものが必ずある」と、孫たちを見守っている。

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