【越山若水】少々古めかしい話になるが、福井県勢が初めて夏の甲子園の出場を決めたのは1925(大正14)年。北陸大会に駒を進めた4校のうち、敦賀商が栄冠を手にした▼金沢市で取材をした福井新聞記者は、その感激を「彼も我も泣いた」とあらわにし、やや大げさに「戦塵(せんじん)に塗(まみ)れた絨(じゅう)衣(い)の袖には戦士の涙が落ちた」と報じた▼戦争の中断から復活した46年大会に出場したのも敦賀商。食料事情が悪い時世ゆえ、ジャガイモなどを持参し自炊。合宿所に泥棒が入る災難にも見舞われたという▼「福井新聞百年史」からこんな逸話を取り上げたのは、全国高校野球選手権大会が今年で100回目を迎えるから。きのうの県大会決勝、記念すべき甲子園行きの切符を獲得したのは敦賀気比だった▼若狭戦はそれまでの連続コールド勝ちから一転、ジリジリした息詰まる展開。最終回には同点に追いつかれる粘りを見せられたものの、最後はサヨナラ犠飛で決着を付けた▼3年ぶり8度目の優勝を果たし、県勢30校の頂点に立った気比ナイン。しかも100回という節目でつかんだ栄誉に、心から「おめでとう」と言おう▼前半の話題が敦賀商になったことは、敦賀勢のよしみでご勘弁願いたい。そして甲子園に挑む敦賀気比に大会歌「栄冠は君に輝く」の一節を贈ろう。♫若人よいざ/一球に一打をかけて/青春の賛歌をつづれ―。

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