【論説】この身に危険が迫っていても「自分だけは大丈夫」と思い込むのが人間の心理。名付けて「正常性バイアス」という。

 200人を大きく超える犠牲者を出し、いまも多くの人々が苦しむ西日本豪雨でも、この正常性バイアスが被害を拡大させたのではないかとされる。

 気象庁の特別警報や自治体の避難勧告、避難指示が出たのに「大丈夫だろう」と逃げなかったり避難が遅れたりした人が多かったために、助かるはずの命も奪われたとの指摘である。

 誰もが陥る傾向だからどうしようもない、との無力感にとらわれてはいけない。人には正常性バイアスとは正反対の「心配性(しんぱいしょう)バイアス」と呼べる傾向もあるのを知っておきたい。

 ■大切な人を気遣う心■

 この造語を考え出したのは、京都大防災研究所の矢守克也教授。面白いのは、心理学の専門家でありながら、心理学由来の「正常性バイアス」という用語による説明を「怪しい」と懐疑的に見ていることだ。

 「自分だけは…」と思い込む傾向が人にあるのは小学生でも知っている。それなら、大げさな用語で説明した気分になっている間に防災・減災の具体策を考えようと述べている。

 だから「心配性バイアス」も別に難しいものではない。例えば、わが子のこととなると交通事故に遭わないか、学校の防犯対策は大丈夫かと普段から気をもんだりする。危険な兆候があればなおさらである。

 「たいしたことはなさそう」と思うのも人なら、自分以外の大切な存在を心配するのも人。前者より後者に働きかけて防災・減災に役立てようというのが矢守教授の考えである。

 ■安心して逃げられる■

 すでにある実例として挙げられるのが、いわゆる「釜石の奇跡」である。

 2011年3月11日の東日本大震災でのことだ。岩手県釜石市内の小中学校に登校していた児童生徒の全員が、津波の被害を免れて無事だった。子どもたちは地震の直後、先生の指示を待たずに避難を始め「津波が来るぞ」などと周りに知らせながら逃げた。

 これを可能にしたのが「津波てんでんこ」。津波の恐れがあればまず各自が逃げよ、という教えである。子どもたちはその教えをふまえた防災訓練を受けていた。

 残念なことに「てんでんこ」は「自分勝手な行動」と誤解されがちだ。だが実際、子どもたちは乳児のベビーカーを押し、高齢者の手を引きながら避難している。矢守教授によれば、てんでんこは「互いが互いを大切に思う『心配性バイアス』を巧みに組み合わせて、わが事意識を高めたもの」である。

 てんでんこが徹底されていれば、避難に消極的な人にもこう呼び掛けられる。「子どもたちは絶対に逃げてくれます。保護者の皆さんも避難を。そうでないと、子どもたちも安心して逃げられません」

 ■被害は減らせる■

 災害は自然現象だから発生を止められない。しかし、被害は一人一人が最悪の事態を想定して行動すれば減らせる。

 西日本豪雨では、河川の氾濫や浸水、土砂災害の多くがハザードマップ(危険予測地図)の想定内だった。それなのに避難指示が深夜、未明だったことなどで多くの人が自宅や周辺で濁流にのまれた。

 情報発信や伝達の手段、タイミングは適切だったのか、国や自治体の対応はもちろん問われなければならない。だが、被害を抑える最大のカギは臨機応変の国民の行動に違いない。心配性バイアスのような知見も取り入れた対策を、国や自治体に求めたい。

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