明治初めまで足羽川に架かる唯一の橋だった九十九橋。柴田勝家の時代に、橋の北半分には木材を、南半分には石材を使って架け替えられた。江戸時代の多くの地誌類に奇橋・名橋の一つとして取り上げられたという。北半分を木材とした理由には▽北庄が攻撃を受けたとき橋を焼き払っても再建費用が半分で済む▽洪水の際、半分の流出だけで済む―など諸説がある。

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