小浜市は八日、同市太興寺の西縄手下(にしなわてしも)遺跡の発掘調査で、奈良時代末期から平安時代中期の層から、国を治める国司クラスの役人しか持ち得なかった玉製の帯飾り「巡方(じゅんぽう)」が出土したと発表した。玉製の巡方が見つかったのは県内で初めて。また、一般の集落では見られない礎石を持つ掘立(ほったて)柱建物跡や石敷き井戸などの遺構も確認し、同市は「一帯が若狭国府に関連する重要な建物だった可能性が高い」としている。

 発掘場所は、小浜市東市場のコンビニ店と同市太興寺のガソリンスタンドの間の国道27号に面する田んぼで、JR小浜線を挟んで北側に伸びる約六千平方メートル。若狭西街道と梅街道を結ぶ「ふるさと農道」の整備に伴い、県と市が二○○五年度から調査してきた。

 地面に穴を掘り、柱を立てる掘立柱建物の遺構は、東西と南北軸に沿ってほぼ整然と並んでおり、計十一棟が確認された。うち北側の一棟は二十三メートル幅の盛り土の上にあり、塀跡らしきものや五つの礎石が確認された。国司が勤務する国府の中心的な建物「正庁」だった可能性があるという。

 南側の一棟からも礎石が見つかり、煮炊き具などが出土したことから、国府の台所や宴会場の機能を持つ厨(くりや)だったとみられる。

 遺物は八世紀後半から十世紀の須恵器、瓦、銅・木製品などを中心に、コンテナ約百五十箱分。玉製の巡方は厚さ七ミリ、四センチ四方の大きさで、九世紀初頭のものとみられる。当時は階級別に衣服や装身具が厳密に決まっており、国司の持ち物だった可能性が高い。

 そのほか、奈良時代以前のものとみられる銅製の巡方や、識字層にあたる役人がいたことを示す円面硯(けん)、一般には流通していなかった和同開珎六枚と万年通宝一枚も見つかった。

 発掘範囲が限られ、国府があった決め手となる木簡や墨書土器は出土していないが、市世界遺産推進室は「国府にしかあり得ない遺構や遺物が出土していることから、総合的にみて若狭国の中心だった可能性が高い」としている。