福井地震で大きく変わった互いの人生を振り返る姉の廣部艶子さん(左)、弟の高見国生さん=京都府京都市内

 きょうだいは、それぞれの家で大事に育てられた。国生さんを引き取った伯母は当時50代前半。祖母と孫のような年の差だったが、伯母は「私が本当のお母さん。出産して病気になり、森田の家に預けていた」と“息子”に言い聞かせた。小学校高学年ごろまで伯母夫妻を実の両親だと信じていた国生さんは「幼くして両親を亡くした私をふびんに思ったんだろう。過保護なくらいに優しかった」。

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 地震で姉と弟の人生は大きく変わった。京都府職員となった国生さんは、認知症になった伯母を20代後半から在宅介護したことをきっかけに1980年、「呆(ぼ)け老人をかかえる家族の会(現認知症の人と家族の会)」を結成。全国組織となり、昨年6月まで代表理事を務めた。「当時は介護サービスがなかったこともあるが、自分が介護をしなければと強く思ったのも、育ててくれた伯母に恩義を感じていたから」と明かす。

 艶子さんは、夫とともに帯地製造販売の家業に力を注いだ。福井を訪れる機会はそう多くないが、JR森田駅近くの震災観音堂(福井市栄町)で6月28日に開かれる法要にはほぼ毎年参列している。

 「私にとって古里は森田。親は早く亡くなり寂しがっているだろうから、元気で暮らしていることを伝えている」。今年はひ孫を含め、4世代で訪れるつもりだ。

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