「小値賀には郷土を愛する熱さがある」と語る横山さん。実家の活版印刷所を継ごうとUターンした=長崎県小値賀町

 「小さな島なのに観光を通じて自立に挑戦している。自分もその中にいたら、面白いことが起こりそう」。東京の会社に勤めていた平田直子さん(37)が、長崎県の小値賀(おぢか)島に移住したのは2011年。米国人高校生の修学旅行受け入れをステップに変わろうとする離島の姿に、未来を感じた。

 現在、観光の総合窓口となっているNPO法人「おぢかアイランドツーリズム協会」に勤務。観光客の要望に応じて宿泊先や過ごし方を提案する旅のコーディネート役を担う。このまま永住するかは「今も正直分からない」。でも「東京にいたときより、仕事が楽しくてやりがいがある」。

 30代中心の若い組織。職員12人のうち7人は、平田さんと同じIターン者が占める。地元生まれの末永貴幸事務局長(39)は「島で働く選択肢は少ない。常勤職員の枠を増やして若者が働けるようにしたい」と話す。

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 小値賀町の人口は約2600人。約60年前のピークに比べると4分の1以下にまで減った。子どもたちは町内唯一の高校を卒業すると、ほぼ全員が島を離れ、ほとんどが福岡市や長崎市で就職する。高齢化率は46%と長崎県内の市町で最も高い。

 そんな小値賀町に移住希望者が増え始めた。きっかけは07年からの国際修学旅行受け入れだった。「海外に注目されることで島の魅力が広まり、知名度が高まった」(町担当者)。観光関連での就業や農業研修、飲食店開業などで、最近10年間に100人以上が移住した。子育て世代が増えて出生率も上がった。

 横山桃子さん(28)は、100年続く家業の活版印刷所を継ごうと決心し、11年に東京からUターンした。「ここには郷土を愛する熱さがある。私も外に出てそれに気付いた。やり方次第で小値賀でも暮らしていけることを、下の世代にも知ってほしい」と力を込める。

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 米国の修学旅行生たちを招いた経験は今も、多くの島民の心に焼き付いている。「また来るよ」「絶対帰ってくるから」。フェリー乗り場で涙ながらに別れを告げる生徒たち。その光景に、通訳ボランティアだった川本みゆきさん(48)は確信した。「高級レストランがなくても、遊園地や映画館がなくても大丈夫。私たちの島には、広い海と心の通じ合えるあったかい人がたくさんいるから」

 介護職の濱元善貴さん(33)は、高校時代に地元で暮らし続けようと決めた。同級生70人中、島に住む仲間は7人だけ。それでも今、間違った選択だったとは思っていない。「観光客から『何もないのがいい』って言われると不思議だけれど、本当にそれがいいらしいですね」。そう話すと、少し誇らしげに笑った。「確かに都会は買い物も便利かもしれない。でも小値賀の方がある意味、裕福なのかな」

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