偲ぶ会で、加古里子さんとの思い出を話す絵本作家の長野ヒデ子さん=7月16日、神奈川県川崎市中原区の川崎市市民ミュージアム

  福井県越前市出身の絵本作家で5月に92歳で亡くなった加古里子さんを偲ぶ会が7月16日、神奈川県川崎市中原区の川崎市市民ミュージアムで開かれ、約200人が別れを惜しんだ。半世紀以上にわたって発表し続け、残した作品は600点余り。自分の力で未来を切り開く力を子どもに付けてほしいとの思いを本に託した加古さん。その思いを確認するとともに、引き継いでいくことを誓った。

 加古さんが物語をつくるようになったのは、1950年代に川崎市でのセツルメントと呼ばれる社会奉仕活動をしたことが始まり。会社勤めの傍ら、子どもたちに紙芝居を自作し、読み聞かせをした。創作活動の原点となった地の同ミュージアムでは7日から、加古さんの生涯や作品を紹介する回顧展を開催。この展示を加古さんも楽しみにしていたという。

 偲ぶ会には、セツルメント活動を共にした仲間や当時子どもで加古さんに遊んでもらった人々、ファンらが詰めかけた。福井県内からも奈良俊幸越前市長、同市かこさとしふるさと絵本館の谷出千代子館長、県東京事務所の内田一彦所長、県ふるさと文学館の中社敏朗館長らが出席した。

 加古さんと共著がある化学者の藤嶋昭さんらが思い出を語った。絵本作家の長野ヒデ子さんは「加古さんは、子どもを『子どもさん』と呼んだ。尊厳を持って対等に向き合うことが絵本を作る原点であることを教えられた」と感謝した。

 7歳まで越前市に住んだ加古さんは、郷里への恩返しとして、越前市武生中央公園再整備に協力。監修した「だるまちゃん広場」が2017年8月に完成。奈良市長は考えるヒントが設けられた公園や絵本館をスライドで紹介。加古さんの遺産を大切に、子どもの教育を進めたいとした。

 幼少時から加古さんの作品に親しんだ絵本作家のヨシタケシンスケさんは「先生は本を通じて自分の力で子どもが未来を切り開く力を付けてほしいと考えた。先生がやろうとしていたことを違う形でも提案できる作家になりたい」と決意を伝えた。

 長女で加古総合研究所代表の鈴木万里さんは「加古が亡くなって、国内外からメッセージが届いた。絵本に託した思いが皆さんに届き、生き続けていると分かった。未来の子どもさんたちの子どもさんたちにも届くことを願っている」と話した。

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