「大人と大人」の関係を築くのが理想―医師と患者の関係のモデルー

 小林麻央さんのオフィシャルブログ、「KOKORO.」 が注目を集めています。以前、ニュースキャスターを務めていたことや、人気歌舞伎俳優、市川海老蔵さんの夫人であることもその一因でしょう。

 ただ、注目されている最大の理由は、進行性乳がんという大病を抱えながらも、敢えてそのことを公表し、病気とわかってからの日々の思いを赤裸々につづっていることで、感性豊かな麻央さんの言葉の中に多くの人がハッと気付かされ、共感を覚えていることにあるのではないでしょうか。

 ■小林麻央さんがつづった「患者としての後悔」

 特に、9月4日の「解放」と題する記事には、患者としての気持ちが見事に表されており、心が揺さぶられます。

  私も
  後悔していること、あります。
  あのとき、
  もっと自分の身体を大切にすればよかった
  あのとき、
  もうひとつ病院に行けばよかった
  あのとき、
  信じなければよかった
  あのとき、、、
  あのとき、、、
              (「KOKORO.小林麻央のオフィシャルブログ」byAmeba 9月4日)

 病気であることが発覚すると、その日から突然色々な問題に巻き込まれ、各局面で決断を迫られます。しかも、それらは普段考えてもいなかったことであり、てきぱきと判断するだけの心の準備も十分ではありません。

 病気発覚後の患者には、次から次へと疑問がわいてくるのです。「わたしの病気は、一体どんなものなのだろう」「私の状態はどの程度なのか。その病気に対してどんな治療法があり、それにはどんな副作用がある?」「これからの経済的な負担はどうなるのか」「仕事は続けられるのだろうか」「安静にしていた方がよいのだろうか。あるいは、身体を動かしてよいのだろうか。動かしてよいのなら、どの程度まで?」「食事は制限されるのか」「医師にこんなことを質問して聞いてもよいのだろうか。自分の希望を伝えて、生意気だと思われないだろうか」「他の医療職の方に相談できる機会はあるのだろうか」「一体、どこの病院で診療を続けるのが良いのだろうか」「あの時の決断があるいは間違っていたのかもしれない。もう、手遅れだろうか。あるいは、もっといい方法があるのでは」…。

 ■われわれは、「患者学」で武装するべきだ

 このように、患者としての悩みはつきません。そして、これらの問題に対して時間の猶予なく決断していかなければならないのです。いや、決断することに時間の猶予があるのかないのかさえ、よく判らないかもしれません。 

 そんな患者さんに対し、私は「患者のための患者学」を学びませんか、と呼びかけてきました。患者学の前に「患者のための」とわざわざ付けているのは、医療者が患者から学ぶ患者学、すなわち「医療者のための患者学」と区別するためです。患者と医療者の双方が患者学を学ぶことにより、よりよい医療が実現するのではないかと、考えているからです。

 そして、小林麻央さんの後悔を知ると「患者のための患者学」は患者になる前からしっかりと身につけておく必要性があることに気付かされます。ですから、むしろ「市民のための患者学」と名付けて、一般市民の方にも準備してもらいたいと考えるようになりました。

 「市民のための患者学」で身につけるべき内容を、わたしは以下の3つに分類してみました。

 (1)患者と医療者の関係性
 (2)医療情報の集め方・読み方(医療情報リテラシー)
 (3)病気を抱えた自分の生き方の決断

 3つの分野はお互いに関連し合いますし、これだけを学んでおけば完璧だというものではありません。しかし、少しずつでも前進できていれば、いざ患者になった時に役立つことは間違いありません。そこで、ここから「市民のための患者学」の入門編について、解説し紹介していきたいと思います。

 

 現在、医療の現場では、医療者に対する患者さんの不信感が募っています。週刊誌などで、医療の不信を煽る特集記事が頻繁に組まれているからです。

 「高血圧の薬は飲まない方がよい」、「がんになっても手術は受けてはいけない、抗がん剤治療は受けてはいけない」——。こうしたセンセーショナルな特集を組めば、その雑誌がよく売れ、よく売れるから次号にも特集記事を続けるという状況が続いているのです。そして、一つの雑誌が医療の特集で売れると、それを見た他の週刊誌もこぞって同様の特集を組むという現状です。

 ■週刊誌の医療特集に「煽られる」のも1つの進化

 実際、私の外来にも、これまで副作用の症状が現れていないのに「高血圧のこの薬は飲んでいて大丈夫ですか」と心配してたずねてくる患者さんがいました。「この高コレステロール血症の薬は、週刊誌に筋肉が壊されると書いてあり、怖いのでやめたい」と言われたこともあります。医療機関に助けを求めて訪れた患者さんが、医療者を信用できないとしたら、それはとても不幸なことです。何とかしなければなりません。

 ただ、医療の歴史を俯瞰的に眺めてみると、このような対立は生じるべくして生じていることがわかります。この対立を経ることで、次の時代の医療に移らなくてはならないのです。

 それでは、今までの医療はどんなものだったのでしょうか。それは専門家に患者が「お任せ」する、依存的な医療であったということができます。患者は受け身で説明を受け、ただ同意をするだけ。医師のいうことには逆らえません。「先生にすべてお任せしますから、魔法の薬で治して下さい」。そんな気持ちで医療機関を訪れる患者も多いのも事実です。

 実際、ある程度治療方針の決まった病気なら、専門家に判断を委ねて患者は受け身となっているだけでも、問題はさほどありません。たとえば、肺炎になったり、膀胱炎をおこしたりすると、診療により投与される薬で菌が排除され、病気が軽くなります。骨折を起こしても、医師に任せて固定してもらったり、手術をうけることで、具合が良くなります。

 ただ、自覚症状に乏しい慢性病の場合は、患者さんの療養生活が大きな鍵を握ります。たとえば、糖尿病や高血圧などの生活習慣病では、日々の生活をどう変えられるかが大切なのです。あるいは、がんやその他難病になったときの療養生活でも、患者さんの意志が大きくその経過を変えてしまいます。

 1956年に、米国のサッシュ博士とホレンダー博士が論文に発表した医師(医療者)と患者関係のモデルによれば、病気の種類や状況に応じて、医師と患者関係は変わってくることを予言しています。

 この表が作られたのは、60年も前のこと。それにもかかわらず、日本では現時点でやっと「説明ー協力」の関係の医療が出来つつある段階であり、まだ「協働作業」の医療は実現できていないことに驚かされます。しかも、60年前と比べて、今はメタボリック症候群などに代表される慢性病が一般的になっています。がんも、診断されてから5年以上生存する人が多くなっています。こうした病気の療養生活では、医師と患者の協働作業こそが大切なのです。

 しかし、患者の側も医療者の側もその準備が充分にはできていないのが、現在の状況ではないでしょうか。(加藤眞三:慶應義塾大学看護医療学部教授)

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