明治に描かれた「足羽川之図」によると、江戸時代の足羽川は下毘沙門村から福井城下までの間に連続堤が随所に築かれていた。特に福井城下の上流右岸には、城を洪水から守るため最も長い堤があった。図には寛政3年8月に九十九橋の石の欄干が風で倒れたこと、慶応3年には洪水時の憂いをなくすため橋下に暮らすこじきを立ち退かせたことなども記されている。