患者としての立場から言えば、そうしたお医者さんがもっともっと増えて、薬だけではなく、正しい食事の在り方からも治療の指導をしていただける医療であってほしいと願わずにはいられないのです。

 菅田正昭氏は『言霊の宇宙(あま)』の<ケの神と生命>のなかで、カ行のコトダマは動植物の、生成、成長という意味が込められていて、動植物の成長の根源にあるイノチ(生命)も意味しているのだというのです。カ行の中でも最も注目するのは<ケ>であるというのです。なぜなら、<ケ>は食物を意味していて、その食物は動植物を意味する<ケ>でもあるという。とうぜん、動植物である<ケ>には生命(イノチ)が宿っている。そして、われわれはその<ケ>を食べて、生命を保っている。いうなれば、<ケ>は<イノチ>そのもの、ということになるのだと書かれているのです。

 シュタイナーも「食べ物の背後にも、霊的なものが存在するのです。私たちは、眼の前にある食べものだけを食べるのではありません。私たちは食べものの背後に存在する霊的なものも、一緒に食べるのです。わたしたちは食べものを通して、その背後に存在する霊的なものと関係するのです」(『西川隆範訳 健康と食事』)述べていることがずっと気にかかってもいたのです。だとすれば、敦賀の気比神宮の<ケ>や御食つ国(ミケツクニ)の<ケ>もこのことと何か関係ありと考えるべきなのでしょうか。

 命の巡りの大切さは、人間の体における治療においても、植物を育てるにおいても、子どもの育ちにおいても皆同じだと思います。それぞれの経験を踏まえてことにあたるということはとてもだいじなことではあるのですが、それがマニュアル化したり、一律の数字化したりして、それで人間のすべてを推しはかることは出来ないことだと思います。なぜなら、すべて存在するものは皆個々に違っているからです。ですから、基本的にはそれぞれの在りように心や目や耳を澄まして深くかかわっていくなかでそれぞれの本質に出会え、そこからそれぞれに適した治療や方法が導き出されていくのではないかと思われるのです。それは決して容易なことではないかもしれませんが。

 このことを改めて三林氏のお話から学ばせていただき、確認することができたのです。

 医師として人間の体に向き合い、農業に携わるものとして植物や自然界に向き合って、親としてあるいは、教育者として子どもに向き合うことの究極は、それぞれの立場で、対象とするものの本質に向き合うということだと思います。そして、ここにも本気で、向き合おうとされておられる方がおられたということが現代の時代においてのまさに<桃太郎さん>に出会えたようで久々の深い感動でありました。

 自然栽培塾講師の佐伯氏にあっても、いつも畑での実地指導に当たられるとき、そそれぞれの植物に添ってやってみて、その結果を植物から聞こうとされている基本姿勢においてはも、とても共通するものだと受け止められるようになりました。

 100坪ほどの家庭菜園に関わっているだけの身でありながら、こうした目をみはるような人々との次々との出会いのある自然栽培塾に、今日も何とか都合をつけて出かけずにはおれなくなっているのが実情なのです。

 次回からはスタートであった天神様に戻って、改めて「天神様とは?」について学んでいきたいと思います。

《参考文献》
『言霊の宇宙(あま)へ』菅田正昭 (たま出版)
『民話、叡智の宇宙――てんは みずからたすくるものを たすく――』金井朋子(今日の話題社)
『シュタイナー 健康と食事 西川隆範訳』(イザラ書房)

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