昔話(民話)が語り言葉、即ち、響きとしての言葉が中心であることを手掛かりにすると、「鬼ヶ島」が大変な時空間である事がわかってきます。文字通りには「鬼の島」「鬼のいる島」であるが、音義からは鬼(キ)は気(キ)でもあり「気の島」「大生命の満ちたところ」だと分かります。しかし、このお話の中では鬼ヶ島は「大きな門がぴしゃんと閉ざされている空間。」となってしまっているのであります。これは、非常に象徴的に、しかし的確に、気の世界の秘密を伝えている個所ではないでしょうか。鬼ヶ島とは、限りなく海のようにたゆたい満ちている大生命(気)の世界なのに門が閉ざされたために、極端にその気が凝り固まり、滞(とどこお)ってしまった世界になり、草も木も枯れ、死臭の漂う死と魔が徘徊する茫漠とした、汚濁(けがれ)た時空間になっているのです。つまり、海のように豊かに満ち、たゆたっている大生命(元の気)の流れを遮断し、門を閉じ、内と外を分断し、どんどん内部に凝縮していく状態です。・・・・・・魔界となり、孤立化し、凝固しているのです。生命の満ちた状態とは全く逆に、元の気が全く失われ、冷えびえと涸渇し、病の気が満ち満ちた世界になってしまっているのです。全体性が失われ、調和のない暗黒の穢れた気が充満し、清浄な気が涸れ切った異様な鬼界(きかい)が島になっているのです。

 そこに存在するものも、健やかな大生命の源(元の気)から全く離れてしまっています。死臭や悪臭を漂よわせつつ飢えさまよう餓鬼になったり、醜悪な姿で疫病をまき散らす瘧鬼(ぎゃくき)になったり、静けさや安らかさを全く失い、騒々しく怨念をふりまく邪鬼となったりしているのです。

 ・・・・・・体的な部分の生命体(気)の異常から、魂的な生命体の異常、そして精神的な生命体の異常まで千差万別で、これ等の存在は、元来、元の気と同じ力を持っていながら 全く正反対の、病の気(鬼)と化しているのであるわけですから、非常な破壊力や崩壊力を持っているのです。だからこそ、怖れられているのです。――

◆半農半医の医師との出会い

 6月30日鯖江市片上公民館で自然栽培実践塾特別講義として、「ブッダの教えから見た農医連携」と題して消化器内科医師で自然栽培農家でもおられる三林寛氏のお話がありました。

 これまでいろいろな医療との関わりや自分の体調のこともあって、この特別講義はとても関心がありました。三林氏は、もとは金沢大学病院の消化器内科の医師として勤務されていたそうですが、事情があってシンガポールに行かれて、自然農法に出会われ、半農半医として、石川県の能登で、「自然栽培の里@のと」として再出発をされたというお医者さんとしては実に稀有な経歴の方です。

 この医師としての実に稀有な経歴は、一般には不思議に思われる方が多いと思います。しかし、私には医師として医療に携わられるその究極に農業が、しかも、自然栽培という農法があっても何の不思議もないように思われるのです。しかし、それを身をもって実践に移されるまでの方は、現実にはなかなかおられないということではありますが。それだけに医療に対する並々ならぬ思いがあってのことではないかと拝察されたのです。それ故にそうした方が実際にいてくださり、そういう方との出会いをいただけたということはこれからの医療の在りようにおいても非常に心強いことだとも思われたのです。

 そのお話の中で、ああ、ここは農業という世界における<鬼が島>なのだなあと思われたことがありました。

 三林氏が、最初に農地として借りることができた土地は、とても農地として、使える状態の土地ではなかったそうです。湿地のように水はけの悪い、粘土質の土地だったというのです。それは自然界にあっての、水の巡りの悪さです。

 水はけの悪い土地は、まさに、鬼ヶ島と同じように気の滞った土地でもあります。水の循環が滞れば、土地の気が滞り、よい作物を育てることは出来ません。そこで、三林氏は、その土地の状況をブッダの教えにもある、自然界の五大元素である地水火風空に照らし合わせながら、水はけの悪い土地の水が循環して水が流れるように、もとにあった水の道を見つけて、そこへの水の道をつけるところから始められたというのです。そのために土を掘り起こしたり、土地を改良したりするための工事用の機械を操作するために、その運転免許までも採られるところから始められたというのです。

 現代の医学部においては、食事や栄養学の勉強はしないので、いつかきちんと勉強しないといけないと三林氏自身も思われたと話されていました。そしてアーユルヴェーダについても学ばれ、アーユルヴェーダ・カウンセリング処「めぐり庵」を開所されているそうです。半端ではないその取り組みに、お医者さんとしての本来の在りようの一端を見せていただいた思いでもありました。

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