【論説】犠牲者29人、負傷者6千人以上に上る未曽有の事件を引き起こした教祖の口からは、もう真相を聞けなくなった。

 地下鉄サリン事件などオウム真理教による一連の犯行を首謀したとして、殺人などの罪に問われ、死刑が確定した松本智津夫死刑囚=教祖名麻原彰晃=の刑が執行された。指示を受け実行するなどした6人の死刑囚の刑も執行された。

 松本死刑囚が宗教の名の下に、高学歴の若者を引き込み、犯罪史上類を見ない数々の凄惨(せいさん)な事件へと暴走させた経緯は、いまなお解明されたとは言い難い。

 中川智正死刑囚=刑執行=が「サリンを作ったり、人の首を絞めるために出家したんじゃない」と語り、井上嘉浩死刑囚=同=は、教団の教義を「悪魔の技」と表現し「本当に大ばか者でした」と悔やんだが、やはり核心部分は松本死刑囚だけが知り得たはずだ。一部識者からは「適切に治療し、審理し直すべきだ」との声も上がっていた。

 そんな中、執行を命じた上川陽子法相は、7人の名前と13事件の概要を読み上げ「裁判所の十分な審理を経て死刑が確定した。慎重の上に慎重な検討を重ねた」と強調したが、死刑囚13人のうち7人を選んだ理由は明かさなかった。

 1日のうちに7人の刑執行というのは異例だ。ジャーナリストの江川紹子さんは、3月の本紙で「教祖と弟子であった幹部らとの同時執行には強く反対する。殉教者として扱われ、利用される可能性があるからだ」と主張。その上で「幹部ら死刑囚は事件の教訓を伝える証人」として「社会に貢献させる発想も必要なのではないか」と指摘していた。さらに残る6人の刑が執行されれば、事件の風化が一層進むのは確実だ。

 最も懸念されるのは、新実智光死刑囚=刑執行=が自らを「麻原尊師の直弟子」と言い、公判でも「帰依する気持ちは変わらない」と明言していたことだ。若者を「狂気」へと駆り立てる構図は、過激派組織「イスラム国」(IS)のように世界中で顕在化している。オウム教団が3団体に分かれながらも、今も松本死刑囚の影響下にあるとみられることには警戒せざるを得ない。

 「執行は当然」「やっと、この日が来た」と受け止める声の一方で、地下鉄事件の現場で駅の助役だった夫を奪われた高橋シズヱさんは「テロ対策という意味で、もっと彼らには話してほしかった」と語った。松本サリン事件の被害者で一時捜査対象にもなった河野義行さんも「真実に迫ることができなくなり残念」と話した。

 被害者や遺族の苦しみと無念を思えば、事件を風化させてはならないし、教訓まで葬ってはならない。事件の検証を重ねながら、受け継いでいくべきだ。

 また、刑執行を契機に、世界的な死刑廃止の流れの中で維持し続けている日本の現状や、執行に至るまで「密室」状態の制度のあり方について改めて考える必要があるのではないか。

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