1995年9月25日、警視庁に移送されるオウム真理教の松本智津夫死刑囚=東京都千代田区

 逮捕から23年。オウム真理教の松本智津夫死刑囚(63)=教祖名麻原彰晃=の死刑が執行された。捜査に携わった福井県内の関係者らは当時を振り返りながら「死刑執行は当然」「やっとひと区切りついた」としみじみ話し、多くの遺族の心情を思いやった。

 「ここまで長かった」と話すのは、福井県内在住の元公安調査官。一時期、東京拘置所に詰め、松本死刑囚がマスコミに撮影されないようにする仕事を担っていた。

 逮捕から1年後の1996年、1度だけ拘置所の地下で10人の刑務官に連れられて歩く松本死刑囚を、3メートルほどの距離で見た。「目をつむり、一言もしゃべらず前を向いて歩いていた。なんとも言えない空気で、ものすごい威圧感があり、不気味だった」と振り返った。

 福井県内では1992年、福井市中心部のビル内に教団の道場が開設された。当時は若者ら数十人の出入りがあり、ヨガなどが行われていたようだ。松本死刑囚の逮捕当日には、福井県警も道場を家宅捜索。当時捜査員だった県警OBは、死刑執行の報道に「あれから20年以上もたった。やっとひと区切りついた」と話した。

 元捜査員によると、畳敷きの道場内には祭壇があり、正面には松本死刑囚の大きな顔写真が飾ってあった。山積みになった勧誘ビラ、ビデオテープ、酸素吸入器のような怪しげな機械…。室内は異様な雰囲気だったという。

 道場近くの住宅設備会社社長(54)は、信者の出入りを見かけることはなかったが、夜に大音量のお経のような声が聞こえたとき「不気味さを感じた」。松本死刑囚逮捕から2カ月後の95年7月に道場は閉鎖され、「ほっとしたことを覚えている」と振り返る。

 松本死刑囚らの死刑執行に「サリンという誰も知らないような化学兵器を使い、被害がとてつもなく甚大な事件を起こした。すべての裁判が終わるまでは執行できなかったのだろうが、遺族にとっては長かったんじゃないか」と話した。

 一方、県内のある元信者は「お話することはありません」、別の元信者は「勘弁して」と言葉少なだった。

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