「爆破で破損した排水ゲートから水が噴き出したのはその時だった。拳であけられたような小さな穴がみるみる広がり、ダムが悲鳴でも上げているような音が響く」。第1章でいきなりダムが決壊する。その迫力。最初からエンジン全開である。

 映画「ミッション:インポッシブル」のような疾走感を堪能させてくれる吉田修一の小説「ウォーターゲーム」。「太陽は動かない」「森は知っている」に続くシリーズ第3弾。水利権の争奪戦の中で、産業スパイ組織「AN通信」の鷹野一彦がヒリヒリするようなアクションを見せ、渋い台詞を吐く。

 福岡の相楽ダムが決壊し、町が濁流にのみ込まれるという大惨事が起きる。鷹野は部下の田岡亮一と共にこの事件を調べる。元々は水道事業の民営化に伴う利権を狙う政治家や企業が画策していたが、いつのまにか計画自体が何者かに乗っ取られてしまったのだ。さらなる爆破テロがあるとの情報が入り、鷹野と田岡は福井の動谷ダムへと向かう。

 一方、相楽ダムの被害を取材していた新聞記者の九条麻衣子は、生存者の話からダム決壊が事故でなく犯罪ではないかと疑い、決壊の夜に町を抜け出した土木作業員の若宮真司を捜しだす。事件の真相に近づいた九条のスクープが社会を揺るがし、鷹野たちの運命をも動かし始める。

 物語の舞台は日本だけでなく、タイやカンボジア、スイス、イギリスと目まぐるしく移る。登場人物も多く、誰が敵で、誰が味方か分からなくなっていく。いや、状況が動けば敵味方は入れ替わるのだ。どちらに勝算があるか。どちらが儲かるのか。

 弱肉強食の世界で生き残るには、考えるしかない。それはこの作品のメッセージの一つでもある。鷹野が田岡に言う。「考えるんだ。どんなことにも突破口はある。それを考えるんだ。これからお前がこの世界で生き残るために必要なことはたった一つ。考える、それだけだ」

 水利権の問題は日本にとどまらない。例えばボリビアでは水道事業の民営化を進めた結果、多国籍企業が入り込み、水道料金が跳ね上がった。「貧乏人は水を飲むな」という状況に陥り暴動が起きたという。作中ではキルギスが水利権争奪戦の対象となっていく。

万人が生きるために必要な“命の水”を巡り、金の亡者たちが、まさにゲームを楽しむかのように争う姿は醜く、滑稽だ。しかしその結果、確実に苦しめられる人々がいる。

「ほとんどの悲劇は、そこにある差別から生まれる」。そんな作中の言葉が、全体の通奏低音となって響いている。

(幻冬舎 1600円+税)=田村文

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