爆発事故の経緯を説明するプロテインケミカルの飯田公則社長(右)ら=7月4日、福井県の若狭町歴史文化館

 福井県若狭町の若狭テクノバレー内にあるプロテインケミカル(本社東京都)福井工場で発生した爆発事故を受け、同社役員らが7月4日、同町歴史文化館で記者会見を行った。役員らは、爆発で死亡した男性が昼ごろ、別の従業員から引き継ぎ薬品を混ぜる作業をしていたところ、事故に遭ったことを明らかにした。

 飯田公則社長(49)と竹下祥生専務(74)、爆発した第1工場の渡辺稔工場長(53)の3人が出席した。

 冒頭、飯田社長が「大変大きな事故を起こしてしまい、地域住民の方々にご迷惑をおかけしたことをおわび申し上げます」と述べ、3人が深々と頭を下げた。

 渡辺工場長が作業の経緯について説明。爆発現場では当日の午前8時ごろから、40代の男性社員と、重傷を負った18歳の男性社員の2人が作業に当たっていたという。通常、この作業は1人で行っているが、この日は18歳男性の指導を兼ね2人で作業を進めていた。昼ごろ、40代の男性が現場を離れることになったため、事故で死亡した三宅丈史さん(39)=同県小浜市、同社社員=に作業の継続を依頼したという。

 この作業は3種類の化学薬品を混ぜるもので、同工場ではこれまで800回以上の実績があり、三宅さんは勤続16年で経験豊富だったと説明。渡辺工場長は「ベテランに作業を交代したことに疑問は感じていない。人員配置についても問題はなかった」と述べた。ただ作業の引き継ぎについて「どんなやりとりがあったかは把握できていない」とした。

 また、会社独自で定めた作業マニュアルには注意事項などが書かれているほか、温度、時間などの作業記録を記す部分があると説明。渡辺工場長は「事故当日も傍らに置いて作業していたはず。だが、爆発で飛ばされたかで失われてしまった」と述べた。

 再発防止について、飯田社長は「事故の原因究明が明確になり次第、細かくスケジュールを立てていきたい」と述べた。

 事故は2日午後、化学製品の製造中に薬品を混ぜていた容器が爆発し、三宅さんが死亡、18歳男性1人が重傷、10人が軽傷を負った。

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