学生らにより御手足堂から運び出され分類された木型=福井県若狭町三方の三方石観世音

 福井県若狭町三方の三方石観世音の参拝者がまつった木製手足型の調査が、現地で行われた。県文化財保護審議委員を務める武蔵野美術大の神野善治教授(67)が2011年から取り組み3回目。今回は、約2万点の木型を運び出す大規模調査を初めて行い、神野教授は「木型などの信仰対象がこれだけ残っているのは全国でも珍しい。全体を調査し価値を掘り起こしたい」と意欲を示している。

 三方石観世音は手足の病に御利益があるとされる。参拝者は左右の手足のうち、痛みを感じる部位の型を借り、「南無大慈大悲石観世音菩薩(なむだいずだいひいしかんぜおんぼさつ)」と唱え、痛む場所を朝夕にさする。完治した後は木型を「御手足堂」へまつった後、代わりに新たな木型を返すのが「お手渡し」の一連の流れ。毎年約3万人が訪れ、御手足堂には約9万点の木型がまつられている。

 調査は、武蔵野美術大が県や町の協力を得て取り組んできた。今回は8月23〜27日に行われ、神野教授や学生ら計14人が参加した。参拝者が手作りの木型をまつった明治時代以前に対象を絞り、手や足、胸など部位ごとに分類。手書きで残された製作年などから歴史を調査した。

 この結果▽足型が手型の3倍以上まつられている▽江戸時代に比べ、明治時代の木型が多く残されている−ことが分かった。神野教授は「信仰は明治時代に広まったことが考えられる。似た信仰は全国でみられるが、信仰対象が多く残されているのは貴重。将来は文化財として守ることも視野に保存を考えたい」と話している。

 三方石観世音を管理している三方区観音委員の金森和紀さん(73)は「昔から続く“心の伝承”を後世に伝えるチャンス」と期待している。

 ■三方石観世音 1200年ほど前、弘法大師が旅の途中に立ち寄り、一夜で岩を彫り作った観音像。朝を告げる鶏の鳴き声を聞いたことから、右ひじから下を彫り残したまま下山したため「片手観音」とも呼ばれており、手足の病に御利益があるとされる。

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