【越山若水】歌手に生まれついたとしか思えない美声の由紀さおりさんにも、精神的に追い詰められて歌えなくなった時期がある。そのときに出合ったのが童謡「かなりや」だ▼♫歌を忘れたかなりやは…。歌い出しが由紀さんの境遇そのままに悲しい。でも、最後はこう結ばれる。「月夜の海に/浮かべれば/忘れた歌を/思い出す」▼自身の感性や境遇に合わせ、いろいろな受け止め方ができる。童謡とは「余白の美の極致」。思索を重ねた末に、由紀さんはそう書いている(月刊「潮」7月号)▼「童謡」が誕生したのは1918年7月1日。雑誌「赤い鳥」が創刊されたのに始まり、きのう100年の節目を静かに迎えた。本来はもっと話題になっていいのに、と残念だ▼何しろ「赤い鳥」の発刊自体が事件だった。子どもに必要なのは政府主導の唱歌や説話でなく、純真さを育む歌や話だ、と児童文学者の鈴木三重吉が一大運動を始めたのだった▼応えた顔ぶれに目を見張る。芥川龍之介、泉鏡花、有島武郎、北原白秋、高浜虚子…。いずれも当代一流の作家たちが創刊号に作品を寄せている▼11月号には西條(さいじょう)八十(やそ)も寄せた。それが「かなりや」である。作品で初めて曲が付き、大評判になった。日本人に歌を思い出させたということだろう。そして由紀さんの心にも火を付けた。童謡100年のほんの一つのドラマである。

関連記事
あわせて読みたい