倒壊した自宅と三崎四郎さん(右から2人目)のきょうだいら=1948年、福井県福井市木田町(三崎さん提供)

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 三崎さんは1945年の福井空襲で背中などに大やけどを負った。一時死線をさまよい、入院中に終戦を迎えた。戦前、戦中は借家を転々としていたが、両親は翌46年、木田町に2階建てを新築。しかし、わずか2年後に母と住まいを同時に失った。

 全壊した自宅前で、父や東京から駆け付けたきょうだいらと撮った写真がある。短髪の三崎さんは、口を真一文字に結んでいる。「当時は一日も早く家を建て直すことしか頭になかった」。悲しみに暮れる時間はなかった。

 兄らと一緒にがれきを撤去し、使えそうな材料をかき集めた。地震後、食料の配給を受けたような記憶はない。どうやって食いつないでいたのかと思う。自宅後ろの、屋根だけ残った倉庫を借りて寝起きした。一日の作業が終わると足羽川に入り、体の泥を落とした。

 8月1日には平屋の住まいが完成。元の2階建てに比べると、粗末な造りだったが「自分たち家族の手で再建できた。飛び上がるほどうれしかった」と振り返る。

 翌春に高校を卒業。地震の影響で、進学する同級生はわずかだった。三崎さんは福井銀行に就職した。「一番喜んでくれるはずの母がおらず、寂しい思いをしたのを覚えている」

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