高齢者と会話をしながら軽めの運動をする堀江将尊さん=4月、福井県福井市若杉1丁目の「トレフル」

 堀江さんを担当している福井赤十字病院居宅介護支援事業所のケアマネジャー、山崎奈満(なみ)さん(44)は「認知症になった後の仕事の受け皿は、福井にはほとんどない。若年性の場合、発症後に生活が苦しくなるケースがある」と話す。

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 7年前に認知症と診断される前、警察官だった堀江さんは、職場で書類をどこに置いたか忘れ、何度も注意されるようになった。上司に「これは覚えておいて」と言われても忘れてしまう。「人生で一番つらかった」と振り返る。病院ではうつ病と診断され、休職した。

 症状がよくならないまま復職した。しかし出勤の途中、職場の建物が見えると車を止めて、妻に電話した。「やっぱり行けんわ」

 別の病院に行くと、若年性認知症と診断された。「もう無理だと思った」。堀江さんは仕事を辞めた。運転中に突然、アクセルとブレーキのペダルが分からなくなったのは3年前のことだ。カーブを曲がった後、どっちの車線を走ればいいかも分かりづらくなった。運転もやめた。

 症状は徐々に進行し、暮らしに支障が出始めている。電子レンジの加熱時間の調節や、カップラーメンの容器にお湯を入れることもできなくなり、今では文字も書けなくなった。

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 超高齢化社会で、認知症の人が増え続けている。社会はどう見守り、どう支えていくべきかを探る。

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