重要文化財から国宝に昇格することが決まった「洛中洛外図(舟木本、右隻)」(東京国立博物館蔵)

 桃山末期から江戸期初めに絵師として活躍した岩佐又兵衛(1578〜1650年)は、39〜60歳まで過ごした福井時代に才能が大きく花開いた。1616年に移り住んで400年になるのを記念して、福井市の県立美術館は22日から「岩佐又兵衛展」を開催する。代表作「旧金谷屏風(かなやびょうぶ)」の現存全10図(うち2図は8月の一部期間のみ)が約100年ぶりに一堂に集まる。今春、国宝への昇格が決まった「洛中洛外図屏風(舟木本)」(8月6〜28日)をはじめ風俗画、絵巻の傑作もそろう。福井で実現する展示は研究者からも高い注目を集めており、又兵衛再評価のきっかけとなりそうだ。

 又兵衛は、琳派の祖となった俵屋宗達と並ぶ江戸期を代表する大和絵の絵師。当時流行した芸能や風俗を題材に個性的な作品を制作した。今回の展覧会は、福井時代の代表作を中心に40点(新国宝1点、重要文化財9点)を並べる。

 江戸前期の福井城下を代表する豪商、金屋家に伝わっていた屏風絵「旧金谷屏風」は、傑作として知られる。6曲1双の屏風だったが、明治末期にばらされ、収集家の間を転々とした。行方不明の2図を除く10図は県立美術館のほか、国内の美術館や博物館に所蔵されている。過去の展覧会では7図までしかそろったことがなかった。

 源氏物語や伊勢物語、中国の故事人物など、日中の画題を異なる画法で描き並べた雑種的な構成。「豊頬長頤(ほうぎょうちょうらい)」と形容される豊かな頬と長いあごを持つ独特の人物表現は、一世を風靡(ふうび)した。

 風俗画は後の浮世絵につながるとされ、「浮世又兵衛」とも呼ばれた。移住直前の京都を細密に描いた「洛中洛外図屏風(舟木本)」(8月6〜28日)に加え、祭りの狂乱を描き尽くした重文「豊国祭礼図屏風」(7月22〜8月7日)、福井で32年ぶりの公開となる「花見遊楽図屏風」が勢ぞろい。8月6、7日は3作品を同時に見られる。

 絵巻絵師としても質、量ともに近世随一の仕事を残している。展示する牛若丸のあだ討ちを描いた重文「山中常盤(やまなかときわ)物語絵巻」や、恋愛物語の重文「上瑠璃物語絵巻」の極彩色に彩られた妖しくも美しい世界観は真骨頂といえる。

 担当の戸田浩之主任学芸員は「福井の文化、歴史を通して、国内外で又兵衛以上に通用する人物はいない。すごい画家が福井に深いつながりを持っていたことをあらためて認識してほしい」と話している。

 会場では又兵衛が登場する漫画「へうげもの」(山田芳裕作、講談社刊「モーニング」掲載)の原画展も行う。31日、8月13、14日にギャラリートーク、8月7日に座談会、同21日に講演会がある。

 展示は8月28日まで。一般1200円、大学・高校生800円、小中学生500円。問い合わせは県立美術館=電話0776(25)0452。

 いわさ・またべえ 天正6(1578)年、摂津伊丹城主・荒木村重(あらきむらしげ)の子として生まれた。本名は勝以(かつもち)。村重が織田信長に反逆し、一族は滅ぼされるが、又兵衛は奇跡的に難を逃れ、浄土真宗の石山本願寺にかくまわれた。京都で成長し、元和2(1616)年、福井藩主松平忠直に招かれ越前北庄(現福井市)に移住。工房を構えて約20年間を過ごし、画業の円熟期を迎えた。寛永14(1637)年、妻子を福井に残したまま江戸へ向かい、絵画制作に没頭。慶安3(1650)年、江戸で死去した。

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