確認された潜水艦「呂500」の艦首映像。縦型の穴が特徴=6月20日、京都府舞鶴市沖の若狭湾(niconico提供)

 第2次世界大戦中にナチス・ドイツから譲渡され終戦後に若狭湾に沈められた旧日本海軍の潜水艦「呂500」を探索していた九州工業大学(福岡県北九州市)などの調査チームは6月20日、京都府舞鶴市沖の冠島付近で同艦の確認に成功した。福井県水産試験場によると、若狭湾に沈んだ旧日本海軍の潜水艦が確認されるのは初めてとみられる。

 調査チームには同大のほか、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)や海洋調査会社などが参加。18日に福井県越前町宿の越前漁港を出港し、米軍発表の処分位置情報や沈没船の目撃情報などを基に若狭湾を探索してきた。

 20日は、前日の音波調査で位置を特定していた沈没船2隻のうち1隻を遠隔式無人潜水機(ROV)で撮影。深さ約80メートルの海底で泥だらけの船体をカメラが捉え、艦首形状など外見上の特徴から呂500と判断した。

 調査をリードした同大の浦環(うら・たまき)特別教授は「艦首の特徴から間違いない」と話し、ツイッターに「この艦にはたくさんの歴史がある。呂500がここにあるということをお知らせできてよかった」と書き込んだ。

 若狭湾での探索は21日に終了し、越前漁港に帰港する。

 調査チームによると、呂500は全長約76メートルの潜水艦Uボートで、1943年に量産化のため日本へ譲渡された。46年、連合国軍総司令部(GHQ)が技術漏えいの防止などを理由に若狭湾で海没処分。戦中は材料不足などにより潜水艦の量産化には至らなかったが、その後の日本の潜水艦技術に大きな影響を与えたとされる。

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