九州工業大の浦環(たまき)特別教授らのチームによる旧日本海軍の潜水艦「呂500」の探索は2日目の6月19日、京都府舞鶴市沖の冠島付近で音波による調査が行われた。海底で潜水艦とみられる2隻を確認できたが、呂500の特定には至らなかった。調査は21日まで行われる予定。

 探索は初日の越前岬沖から場所を移して行われ、チームは午前5時ごろ、京都府伊根町の伊根漁港を出港した。冠島付近は沈没船2隻を示す海洋調査会社のデータがある。船上から海底地形を音波で捉える装置「マルチビームソナー」で調査したところ、同9時半ごろまでに水深約80メートルで2隻を確認した。

 第2次世界大戦後の1946年、連合国軍総司令部(GHQ)は呂500、伊121、呂68の潜水艦3隻を若狭湾に沈めたとされる。この日確認された2隻はブリッジなど外見上の特徴から、浦特別教授は「伊121と呂68と思われるが、呂500の可能性も捨てきれない」と分析した。

 2隻の確認後、「3隻は近い位置で海没処分されたのでは」(浦特別教授)との推論をもとに近くをさらに音波で捜索したが、3隻目は見つからなかった。

 より詳しく調べるため20日は、動画撮影機能がある遠隔式無人潜水機(ROV)を使って2隻を調べる予定。

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