【越山若水】中国古典が由来の言葉に「刎頸(ふんけい)の交わり」や「莫逆(ばくぎゃく)の友」という表現がある。自身の命も惜しくないほどの固い親交、心の底から理解し合った友人のことを指す▼さしずめ渦中の二人も相性ばっちり、そんな仲と呼べるのだろうか。史上初の米朝会談で顔を合わせた米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長である▼確かに歴史的な出会いだった。平和への第一歩の可能性もある。ただ盛んに褒め言葉を連発し満面の笑みで応じる様子は、友好の演出が過剰という印象が否めない▼まるで義兄弟のような仲の良すぎる関係を疑問視した先人がいる。明治の教育者、福沢諭吉である。自著「文明論之概略」の中で「刎頸の交といい莫逆の友というが如(ごと)きは…」とばっさり切り捨てる▼「殆(ほとん)ど親子兄弟に異ならずといえども、今の文明の有様(ありさま)にてはその区域甚だ狭し。数十の友を会して長く莫逆の交を全うしたるの例は、古今の歴史にも未(いま)だこれを見ず」▼福沢がトランプ・金両氏の会談など知る由もない。しかし「刎頸の交わり」なんて怪しいものだと言ってのけるとは、なかなか先見の明があるようだ▼米朝会談から一夜明け、合意の内容に微妙な食い違いが出ている。片や「完全な非核化」と解釈し、片や「段階別、同時行動」と主張する。刎頸の交わりとはいえ、まさか頸(くび)を刎(は)ねる事態には至らぬだろうが…。

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