福井市田ノ谷町の大安禅寺で大量に見つかった十六世紀初めの埋蔵銭(備蓄銭)について、同市文化財保護センターは十九日、大甕(がめ)に入っていた銭貨の枚数は約十一万五千枚に上り、県内では最も多い出土例になったと発表した。年号を記した木簡(もっかん)(木札)が一緒に埋められていたのは全国二例目で、木札に梵字が書かれたのは全国初という。

 埋蔵銭は四月十二日、同寺境内の山の斜面に埋まっていたのを檀家(だんか)が偶然発見した。

 同センターによると、銭は九十七枚前後をひもで束ねた状態で納めていた。全国で埋蔵銭の報告は約三百例あるが、十万枚を超すのは十三例だけ。今回のは十二番目に多い。これまで最も多く見つかったのは北海道志海苔(函館市)の約三十七万枚。北陸では新潟県石白(湯沢町)の約二十七万枚、県内では越前市森久町の約三万三千枚、一乗谷朝倉氏遺跡の約三万枚など。

 今回の埋蔵銭(約千枚)の分析では、中国銭が大半で明代の「永楽通宝」が最も多いが、「元豊通宝」「皇宋通宝」など宋銭の比率が高く、全体では二十種以上あった。中には李氏朝鮮の「朝鮮通宝」もあり、日本国内でつくった模鋳銭が含まれているかもしれないという。

 銭は越前焼の大甕(高さ六十七センチ)に納められていたが、甕を埋めた穴の周囲に川原石が五点あり、ほこらなど何らかの施設があった可能性も出てきた。

 木札(縦一三・九センチ、横六・八センチ)の裏に「明應九(一五○○)年庚申七月吉日 (人名)(花押)」、表に五大明王と毘沙門天を表す梵字が墨書されていた。木札は針葉樹材で剣形をしており、護符か祈とう札だったとの見方もある。埋めた目的ははっきりしないが、同センターは、大安禅寺の創建前に同地にあったとされる田谷寺との関係が深いとみている。

 全国の埋蔵銭で年月が分かる例は、木簡を伴った香川県讃岐市の長福寺と、木箱に銘文のあった石川県白山市の鶴来別院出土銭のみ。

 人名と花押は赤外線による解読を試みているが判読できていない。しかし、花押の特徴から同センターは「当時越前を支配していた朝倉氏と関係のある人物の可能性もある」と話している。

 同センターでは八月ごろ開く発掘速報展で、今回の埋蔵銭を公開する予定。

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