元だるま屋社長で県内最古参のアマチュア劇団「劇団福井自由舞台」を主宰するなど福井県演劇界をリードした坪川健一(つぼかわ・けんいち)氏が十三日午後三時六分、心不全のため福井市内の病院で死去した。八十九歳。自宅は同市照手四ノ一○ノ四。通夜は十五日午後六時から、葬儀は十六日午前十一時から、いずれも同市照手四ノ一ノ一○の安居寺で。喪主は長男博之(ひろゆき)氏。

 一九一六年、百貨店だるま屋の創業者坪川信一氏の長男として福井市に生まれた。東大卒業後、約九年間の軍隊生活を経て、四八年に劇団福井自由舞台を結成。本県演劇界の草分け的存在として、地域に根差した舞台活動に取り組んだ。

 だるま屋の経営に加わりながら、劇作家、演出家、俳優として幅広く活躍。劇作家としての代表作は、年貢の厳しい取り立てに反抗し集団脱走した農民の姿を、米ノ浦(現越前町)の史実に基づき描いた「逃散」。第四回全国青年大会演劇の部で旧清水町青年団が上演し、最優秀賞に選ばれた。九八年の自由舞台の創立五十周年記念公演では、おおい町出身の直木賞作家、故水上勉氏の作品「越前竹人形」を上演した。

 県演劇連盟の初代会長を務めたほか、福井市文芸協会長、県陶芸館長、県文化協議会顧問などを歴任、文化振興に尽力した。七一年度に県文化賞を受賞している。

 一方、六二年にだるま屋の社長に就任、七八年に会長となるが、西武百貨店に経営譲渡した翌七九年に職を退いた。

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