2006年、地元福井で円熟味を増した演奏を披露する松原正樹さん=福井市の響のホール

松原正樹さんがレコーディングに携わった主な楽曲

 「恋人がサンタクロース」「愚か者」「セーラー服を脱がさないで」「ジェットコースター・ロマンス」−。誰もが知る数々のヒット曲を演奏した福井県越前市出身のギタリスト松原正樹(まつばらまさき)さん(享年61)が2月に亡くなった。「松原正樹の名前は知らなくても、松原正樹のギターを聴いたことがない日本人はいない」。音楽関係者から惜しまれ、激賞される希代のギタリストだった。

 ■「もう出てこない」

 3月下旬、東京・渋谷で開かれたお別れの会には松任谷由実さん、かまやつひろしさん、根本要さん、佐藤竹善さんら有名アーティストやファンら計約500人が集まった。大ヒット曲「長い夜」のレコーディングなどで関わり、親交が深かった松山千春さんは「松つぁんほどのギタリストはもう出てくることはないだろう。これからも松つぁんのギターが日本一のギターだ」と声を張り上げ早すぎる死を悼んだ。

 妻で作曲家の南部昌江さんは「体形と同じように、太く短く人生を駆け抜けた」と松原さんの生きざまを表現。「病床でも『ヘッドフォン持ってきて』『この曲テンポどのくらいかな』『ディレイ・タイムが伸びない』と口走り、夢の中でレコーディングしているかのようだった」

 ■ベストテンの常連

 松原さんは武生三中(福井県越前市)2年のころにギターに出合った。武生高進学後、バンド活動にのめり込み、ネム音楽院(現ヤマハ音楽院)を経て上京した。1974年にコーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」のバックバンドに参加。79年にはフュージョン系バンド「PARACHUTE(パラシュート)」を結成。ポップスやロック、ジャズを融合させた音楽性豊かなサウンドは、若者から耳の肥えた愛好家まで幅広い支持を得た。

 70年代後半以降は著名アーティストのレコーディングに次々参加し、売れっ子スタジオミュージシャンに。歌に寄り添うかのようにメロディアスなフレーズを響かせ、携わった楽曲は週間ベストテンの常連となった。収録曲は優に1万を超え、ソロでもアルバム24枚をリリースした。

 ■「和」を感じさせ

 「高校1年のとき、正樹はブラスバンド部の仲間3人を“かどわかして”4人一緒に退部したんです。そしてつくったバンドがあんまり楽しそうなんで、キーボードとして交ぜてもらいました」と同級生の桶谷満さん(越前市)は語る。「彼のギターが大好きで、有名になっていくのを当たり前のように感じていた。本当に自慢の同級生だった」

 2004年に50歳の記念として福井市で初の里帰りライブ。05、06年にも同市内で円熟のテクニックを披露した。「すごいギタリストなのに、地元であまり知られていないのが歯がゆかった」と企画に関わった能勢淳一郎さん(越前市)。「どこか『和』を感じるのが正樹の演奏の特徴。音に湿気があり、北陸のギターとも言われていた。粘り気のある音色は今もずっと耳に残っている」と続けた。

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