復活したアラレガコ漁を見守った松谷利夫さん。後方はアラレガコを捕るエバ漁の仕掛け=1月15日、福井県永平寺町の九頭竜川

 福井県永平寺町の九頭竜川で今冬、アラレガコ漁が復活した。高さ3メートルほどの円すい形の竹かごを横に倒して川に仕掛け、産卵のため海へ下るアラレガコを捕る伝統漁法「エバ漁」。みぞれ降る中、九頭竜川中部漁協の漁師が腰まで水に漬かり、かごを仕掛けた。

 「そこは流れがきつすぎる。かごが安定せんぞ」「かごの口をもっと上に向けろ」。作業に当たる漁師に向かって、一回りほど年配の男性が精力的に指示を飛ばす。アラレガコを知り尽くす漁師として一目置かれる松谷利夫さん(77)=福井市=だ。松谷さんを最後に10年ほど漁は途絶えていた。

 「エバは難しいし、寒く荒れた川での作業はきついが、捕れたときは楽しいもんや」と松谷さん。川に仕掛けたかごを眺め、うれしそうな顔をした。「懐かしいな。勘が戻ってきた。80歳までもうひと頑張りしてみるか」

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 アラレガコは体長20センチほどのカジカ科の魚。北海道を除く日本各地にいるが、九頭竜川流域には独特の漁法と、刺し身や甘露煮、空揚げにして味わう食文化がある。

 漁期は11月下旬から1月ごろ。昭和30年代、流域全体の漁獲はひと冬で7千匹を超えた。松谷さんも若いころ、エバ漁で一晩に100匹近く捕った。岸から岸へと網を張る「網戸(あど)漁」では一晩で数百匹かかった。冬の珍味として高値で取引された「泳ぐ宝石」(松谷さん)だった。

 だからこそ乱獲は慎んだ。永く恵みに預かるため、豊漁後は漁を休んだ。「それが漁師や」

 しかし、高度経済成長期を経てアラレガコは減った。1954年完成の鳴鹿堰堤をはじめ数々の堰やダムがアラレガコの遡上を妨げ、生息範囲を狭めたとされる。河川改修による生息環境の悪化も影響した。

 その後、ひと冬の漁獲が流域全体で数十匹まで落ち込み、松谷さんはアラレガコ漁をやめた。

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 「幻の魚になるのか」(松谷さん)と危ぐされた“冬の時代”を経て今、アラレガコの未来に光が差してきた。福井県立大と若狭高による養殖研究が軌道に乗り、川魚料理店へ試験的に提供できるまでになった。食文化復活を足がかりに、天然モノが生息できる河川環境再生への機運が高まりつつある。

 そして今年1月、エバ漁復活の現場に松谷さんの笑顔があった。「漁協の仲間も大学の先生も高校生も、みんな頼もしいな」

 足腰は弱ったが、荒れた冬の川で風上に向かって竿一本で舟を操り、かごや網を仕掛けたという自慢の腕力は「それほど衰えておらんよ」。ベテラン漁師には、やり残した仕事がある。「自分が生きているうちに、経験を若いもんに教えたい」。空白の期間を経て、舞台は整った。

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 身近な自然と向き合い、つながりを取り戻そうとする人に寄り添う企画「人と自然 つながるふくい」。今回は川と生きる人に焦点を当てた。

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