原子力規制委員会から運営主体の変更を勧告された日本原子力研究開発機構の高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)。発電と同時に燃料を元の量より増やせるとされた「夢の次世代炉」は夢のままで終わるのか。「失敗の始まり」は20年前の12月8日に起きた冷却材ナトリウムの漏えい事故だった。

 「高速炉への道のりがこんなにも長いと思わなかった」。原子力機構は事故20年に先立ち、もんじゅ内部を報道陣に公開。取材に応じた青砥紀身(あおとかずみ)所長は無念さを口にした。掲示板には児玉敏雄理事長からの「未来を切り開くために、まずはワントライを」との激励文が貼られていた。だが停止は長引き、職員は膨大な数の点検作業でがんじがらめ。士気の低下を多くの関係者が危ぶむ。

 1995年12月8日、約640キロのナトリウムが漏れ出した。当時の運営主体の動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は徹底的な原因究明を迫られた。だが事故直後の映像を公開せず批判が殺到。科学技術庁(当時)には、現場立ち入り調査の内容を虚偽報告し、もんじゅは1年間の運転停止に。組織として失格の烙印(らくいん)を押された動燃は核燃料サイクル開発機構、さらに現在の原子力機構に改組された。

 運転再開にこぎ着けたのは2010年5月。しかし3カ月後に炉内中継装置が落下し、その後も機器の未点検や重要度分類ミスが続出。もんじゅは「安全確保の最低条件を満たしていない」(規制委の田中俊一委員長)とされ、改組は看板の掛け替えにすぎなかったと指弾された。

 家田芳明もんじゅ運営計画・研究開発センター長は「学生時代からずっと高速増殖炉の研究をしていた。もんじゅで開発が停滞しているのは残念だし、責任を感じている」と唇をかむ。

 使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウムを利用する核燃料サイクルは資源小国日本にとり、エネルギー安全保障戦略の柱だった。中核を担うもんじゅが廃炉となれば全てが頓挫する。大阪大の宮崎慶次名誉教授(原子力工学)は「中国やインドで原子力利用が加速し、今後ウラン燃料は枯渇する。将来を見据えれば高速増殖炉の技術を手放す選択肢はない」と強調する。

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