ナン・マドールはやはりマタラニュウム村の近くにあってミステリアスな古代遺跡として知られていて、ここを訪れることを前々からとても楽しみにしていました。そこへ行くには潮の干満の時刻に合わせて計画がなされますが、私たちが着いた時にはまだ潮が充分には満ちていないため,船のモーターをかけられるまでの深さまで、かなりの海の中までみんなでボートを押し出さなくてはなりませんでした。それでも潮が充分には満ちていないので、外海(そとうみ)に出て遠回りをしていかなければなりませんでした。

 島で海に生きる逞しい現地の人が操縦する船は、まるでトビウオと競争するかのようにジャンプしながら超スピードで進みます。大回りしてナン・マドール遺跡に着くまでは、絶えずふりかかってくる波のしぶきを払うために手を放す余裕もないくらいです。船底をまるで波に打ちつけるかのように進む船は上下の振動が激しく、その振動に、時には,はらはらしながら,時には笑い転げながら、船からふるい落とされないようにしっかりしがみついているのが精一杯でした。ようやくリーフ内に入った船は浜辺までは着けることができませんので、足の届くところで降りて各自で歩いて浜辺にあがりました。途中私の足元近くを海蛇が泳いでいて、毒を持っているので危ないといわれ一瞬ぎょっとしました。

 辺りにはもう黒い五角柱、あるいは六角柱の大きな長い石がごろごろしています。

 そしてその側にはお城の石垣のように、あるいはまるで日本の神社の屋根を思わせるような、反り具合に大きな長い角柱の玄武岩を交互に積み上げてあるのです。これがあのナン・マドールなのです。こうした遺跡がこのあたりには数多くあるということです。何のためにどのようにしてこうした長く、大きく、重い石を運んだのかは今もまだ謎なのです。ただ土地に伝わる伝説によれば魔法の力によってそれらの石が空を飛んできて積み上げられたというのですが…。

 現代の人にはまだまだ信じられないことだと思いますが、伝説には深い真実が秘められていて、読み方次第ではその神秘が開示されるといわれています。伝説を信じるか、一笑に付してしまうかはその人次第ですが、私には伝説はその地の謎を読み解くときの重要な手掛かりともなると信じていますので、とても伝説には引かれるのです。今回は時間的にも無理ですがこれを機会にポナペをはじめ南洋の島々の伝説を少し調べてみたいと思っております。

 一説には、日本の浦島伝説にも通ずるところがあるといわれ、実際に海に潜ってみると竜宮城の入り口のようになっている所があるそうです。危険性がなければ実際に潜って自分の目で見てみたいものだと思います。

 何年か前に来た時には、遺跡のくぼ地にはまだいくつかの髑髏(どくろ)が残っていたそうですが、どこかの国の人が研究のために持って行ってしまったと添乗員さんが話していました。この添乗員さんはポナペについてはとても詳しい方で、この島で育った人に、この島を案内できるようになってほしいと依頼されて、20年も前から来ておられるとのことでした。

 南の島にはテニアンのタガの遺跡、そしてナン・マドール等々いつの時代のものかわからない、なぜか心惹かれる遺跡が沢山あるのです。この玄武岩がうずたかく積まれている山がポナペの別のところにあるというのです。機会があればまたいつかその山にも行ってみたいと思うのです。体も疲れが出てきたのでもう少しここでゆっくりして行きたいとおもっておりましたが、まだ次の予定地があるとのことで心残りながらナン・マドールを後にしました。いつかこの遺跡については、できればもう少しきちんと資料を集めて調べなおしてみたいと思っております。(『ふるさとへの思いから 越前水仙に導かれて 』拙著 平成6年6月 起稿より抜粋)

 その後、ナン・マドールについての資料を探していたところ、「白井祥平さん」という方がこのナン・マドールについて詳しく調査されていて、その調査の内容について書かれた『白井祥平全集【瓢龍亭探検記】』(2005年9月1日発行)という300部限定の厚い本が出されているのを知りました。
しかし、そのタイトルのおどろおどろしさに購入したままで今までその本を開くことができませんでした。

 今回何か手がかりがあればと思って、ようやく勇気をもって開いて読んでみました。私が訪れたのは著者の方がポナペの調査を始められた昭和43年からはずっと後のことでしたが、その時とあまり変わらないポナペの島の在りようや、私の知っている人とつながりのある島の人たちとの関わりの在りようが手に取るように身近に感じられ、とても懐かしく読ませていただきました。期待した手掛かりは意図して書かれてないのかもしれませんが得られませんでしたが。この方は南の島々の海中の生物や貝類についてもいろいろと本を出されているようです。
 

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