トルコ戦でプレーする三好(左)=ビトロル(ゲッティ=共同)

 状況の変化に応じて自分で判断できる能力を備えている選手でなければ、ある一定以上のレベルに存在する壁を突破できない―。スポーツではこんなことがよく言われる。

 ご存じのように、サッカーは組織を基本とする集団スポーツだ。しかし、他の種目に比べれば個人の裁量が多く認められている。つまり、個人の「見せ場」がより多くあるのだ。ここで大きな疑問が湧いてくる。「日本人選手は自分の個性を発揮するべき見せ場を楽しんでいるのだろうか」と。

 日本の指導者はよく、次のように評される。「教え過ぎ」と。当然、監督としては自分の意に沿ったプレーをする選手が好きだ。一方、選手は監督の指示から外れたプレーをすると試合に使ってもらえないために、言われたことを忠実に実行する。それが高じて、ときに奇妙なことが起こる。スポーツが持つ本来の目的から外れるのだ。

 その代表格が「ポゼッション」だ。監督の指示もあるのだろうが、ボールを保持することが目的となってしまいチャンスがあってもなかなかシュートを打たない。そんな場面を若年層も含めた全ての年代で、しばしば出くわす。ポゼッションの目的はあくまでも「ゴールを奪う」ことだ。ボール保持が目的化している彼らは、「ゴールを奪い」、「ゴールを守る」という、このスポーツの最大の目的を失念しているのだ。

 5月28日の深夜、フランスで開催されているトゥーロン国際大会の試合がテレビで放送されていた。今年で46回の伝統を誇り、各国のスター候補となる23歳以下の選手を対象にしている同大会に参加している、U―21(21歳以下)日本代表がトルコと戦ったのだ。日本は2年後の東京五輪を見据え、チームをU―21の選手で構成している。

 試合は40分ハーフの変則レギュレーション。その試合を見て、状況に応じたプレーをなぜしないのだろうと疑問に思った場面があった。それは、後半21分の失点につながったシーン。後半4分に三好康児が挙げた先制点により、日本がリードしている状況だった。

 トルコは、現代サッカーの主流であるハイプレッシャーを仕掛けてくるチームだった。その圧力のなか、右サイドの椎橋彗也からGK山口瑠伊にバックパスが戻された。ここまではいいのだが、山口はこのボールをあくまでもつなごうとして左サイドの杉岡大暉へパスを出したのだ。ところが、ボールに勢いがなかったため、トルコの選手が詰めることができた。慌てた杉岡のクリアが、相手選手に当たりこぼれる。そこからパスをつながれて、最後はフリーのアカイに決められた。

 理解できないのは、あの場面でGKがパスをつなぐことを選択したのかということだ。椎橋がバックパスすると同時に、トルコは3人の選手がペナルティーエリア内に入り込んでプレッシャーをかけに来た。その目的は、相手のミスを誘って簡単に点を取ることだ。そしてトルコは、まんまとその目的を達成したのだ。

 そもそもサッカーの基本は、セーフティーファーストのはずだ。安全が全てに優先する。そのためには場面に応じてクリアも必要になる。ところが近年、GKも含めた最終ラインからパスをつなぐことが正しいと信じ切っている指導者が多い。GKであってもロングキックを蹴るのは「おしゃれじゃない」―。彼らはそう考えているのだ。

 しかし、ハイプレスを仕掛ける相手に、自陣ゴール近くでパスをつなぐというのは、アドバンテージよりリスクの方が明らかに高い。ゴール近くでパスミスやトラップミスをしてボールを失うことはすなわち、相手がすぐに決定的なシュートを打てるチャンスを得ることを意味するからだ。

 GK山口のパスミスで失点した場面。「GKからビルドアップ」と指導されてきた世代からすれば、教えられた通りのプレーをしたまでだろう。それでも、教えられたことより大切なことがある。それは「状況に応じて自分で判断を下しプレーする」こと。プレッシャーを受けていたあの場面でリスクのあるパスをつなぐ必然性はなかった。受け手の杉岡も困ってしまっただろう。簡単に前線にロングボールを蹴っていたら、日本は最終ラインを押し上げることができた。トルコの攻撃陣もオフサイドポジションにいるので、一度戻らなければならず、日本の守備陣は一息つくことができたはずだ。

 試合は同点にされるまで完全に日本のペースだったが、結果は1―2の逆転負け。主導権を握っていた試合が、一回のミスで流れが変わってしまうという典型的試合だった。これは来るワールドカップ(W杯)ロシア大会でも同じことがいえる。国際大会では技術の面でも、判断の面でもミスを犯せば確実に失点という「罰」を受けるということだ。

 くしくもGK山口は、この日が誕生日だったらしい。20歳を迎えた思い出は、必ずしも甘美なものではなかっただろう。だが、大人の階段を踏み出すには価値のあるプレゼントを手に入れたはずだ。ほろ苦いが、今後のサッカー人生に活きる経験。それが2年後の東京五輪、さらにその先に生かされれば、この日のミスも良い思い出に変わるはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。

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