【越山若水】文豪、夏目漱石が大の手紙好きだったことはつとに有名である。門下生に宛てて「小生は人に手紙をかく事と人から手紙をもらう事が大すき」と記したほどである▼残された書簡類は優に2500通を超えるという。その筆まめぶりと律義さを証明するのが1915年、単身で京都へ旅行し病気で倒れたときのエピソードだ▼東京に戻った漱石は世話になった人への礼状や不在中に届いた手紙の返事を書いた。京都の女将(おかみ)に迷惑をかけたことをわび「此(この)手紙は十四本目です」と付け加えた▼また18歳年下の武者小路実篤が、新聞の戯曲批判に不満を述べると「それと戦うよりもゆるす事が人間として立派なもの」と諭し、修養に励むよう元気づけた。武者小路は手紙を読んで涙したという▼一連の話は小山慶太さんの「漱石先生の手紙がおしえてくれたこと」(岩波ジュニア新書)から引用した。ただ手紙で思いを伝えるやり方は英国留学中も同じだったらしい▼漱石が二人の学友に送ったはがき3通の原本が福井市で見つかった。「僕ハ独リボツチデ淋(サビシ)イヨ」。神経衰弱で落ち込んでいた当時の心情が痛々しい▼漱石が精神的どん底から立ち直ったのは手紙の力かもしれない。その原点でもあるロンドンからのはがきが県立こども歴史文化館で公開される。自称「吾輩は手紙好き人間」の文豪の直筆をじっくり拝見したい。

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