抗がん剤治療中に、英二さん(仮名)がスマートフォンで撮影した自身の写真。「死の恐怖で眠れなかった」と振り返る=4月、福井県福井市内

 ■生活保護を申請

 病院のスタッフはその日のうちに、薬代が無料になる生活保護の書類を持ってきた。「生活保護を受けたら人生の終わり」と思い込み、これまで何度も断ってきたが、どうしようもなくなり申請。無菌室での抗がん剤治療が始まった。

 死を覚悟し、家族に遺書も書いた。「命を削っても会いたい人には会う」と決めた。翌年5月までの入院期間に面会したのは、同級生や大好きな音楽仲間ら延べ150人。「友達がいなかったら、今の僕はいなかった。生きようという気力が続かなかっただろう」と振り返る。

 一通り治療が終わると、医師から(1)骨髄移植(2)抗がん剤治療の継続(3)治療をやめる―の選択を迫られた。結局、父親の血液から造血幹細胞を採取し、点滴で注入する移植を、県外の病院で受けた。

 現在は4週間に1回通院し薬を飲みながら、知り合いの鉄工所でパート勤務している。体力は回復したが、死の恐怖で眠れぬ夜を過ごした記憶がよみがえることもあり、睡眠導入剤は今も欠かせない。

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