【論説】首相の身近に仕える秘書官が、首相の友人に関わる案件を一切報告していないなどということがあり得るのか。

 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、国会に参考人として呼ばれた柳瀬唯夫元首相秘書官(現経済産業審議官)の説明はにわかには信じがたい。「加計ありき」の疑念は一層深まったといえる。

 柳瀬氏の招致は、獣医学部建設地の愛媛県や今治市の職員らが2015年4月2日、首相官邸で面会した際、「首相案件」などと発言した内容を県職員が記録した文書が見つかったためだ。昨年7月の国会招致では、市の職員と会った「記憶はない。記録は取っていない」としていた。

 それが今回、学園関係者と会ったことを明らかにし、しかも15年2〜3月ごろと同6月ごろの計3回だと説明。4月の面会に関しては、県や市の職員が同席したかは「分からない。10人近くの随行者の中にいたのかもしれない」と述べた。

 野党が「昨年の国会でなぜ、言わなかったのか」と反発するのも当然だろう。柳瀬氏は「質問に対して一つ一つお答えした結果、全体像が見えなくなり、国民の皆さまには大変分かりづらくなった」と苦しい弁明をしたが、当時はそれで逃げ切れると踏んでいたからではないか。

 問題は、柳瀬氏が15年2〜3月ごろの面会で学園の獣医学部計画を知ったと述べたこと。愛媛県文書によると、その上で4月の面会で「国家戦略特区でいくか、構造改革特区でいくか」「戦略特区の方が勢いがある」などと指南とも受け取れる発言をしていた。

 柳瀬氏は「制度の枠組みを説明した」としたが、直後の6月に県と市が戦略特区制度による獣医学部新設を国に正式提案。07年から15回も構造改革特区で新設を提案し、全て却下されてきた県と市が指南に従ったと見てとれる。

 特区や事業者を選定する特区諮問会議の議長である首相の側近が、当事者の学園側と面会を重ねて、その指南に沿って手続きが進められた事実は重い。

 「首相に対して報告したことも、指示を受けたことも一切ない」との柳瀬氏の発言は、首相の「17年1月20日まで学園が特区の事業者と知らなかった」とする国会答弁と整合性を取るためとの疑念が拭えない。

 県文書にある首相と加計孝太郎理事長の会食について「そんな話が出た覚えはない」としたが、首相が新設計画をいつ認識したかは今後の解明の大きなポイントであり、改めて詳細に検証すべきだ。

 柳瀬氏は13年5月に首相の別荘で、加計氏ら学園関係者と共にバーベキューを囲み、他の秘書官らとゴルフにも興じたとしている。

 学園に対して「特別扱いしたことはない」と強調したが、「特区の関係で会った民間の方は加計学園だけ」とも述べている。特別扱いの否定には無理がある。官邸自体が加計人脈に取り込まれていた、そんな疑いさえ湧いてくる。

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