【越山若水】昭和の後期ごろまでの物書きには酒豪が多かったようだ。趣味の雑誌「酒」が1976年に「戦後30年総まくり」と銘打って「文壇酒徒番付」なるものを発表した▼これによると、東の正横綱は井伏鱒二、西の横綱が井上靖。郷土ゆかりの作家は、と見ると高見順が張出大関、平幕に水上勉や吉村昭、中野重治の名があった▼身近に接したこともないのでピンとこないけれど、酒といえばこの人、の印象のある開高健がせいぜい十両。文壇には、うわばみがぞろぞろ生息していたのだろう▼彼らにとって酒の功徳とは―。横綱が解説上手とは限らないので、関取開高に聞こう。「堅造は軟作になり、石部氏は餅田サンになり…」。手軽にいまの自分以外のものにならせてくれる、のだそう▼二人分の人生が楽しめるとは、下戸にはうらやましい話である。酒にはそこそこ強い方がいいと言いたくなるが、日本人の「進化」は逆に向かったらしい▼理化学研究所などが遺伝情報を調べたら、日本人は過去100世代、数千年をかけて酒に弱い体質の人が増える方へ変わってきたことが分かった▼アルコールに強いより弱い体質の方が有利だったから、というのが専門家の分析である。下戸ほど有利って一体何が? 酒では失敗しないことだろうか。福田淳一前財務事務次官や山口達也メンバーの件は、あれは酒の罪でもあった。

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