施設利用者の送迎などをしている大塚真哉さん。「多くの人が応援してくれるのでありがたい」と話す=3月、福井県福井市内

 ひきこもっているときも時々散歩はした。花もチョウチョもきっと見た。でもそこに色はなかった。「今は本当にきれいだと思える。ひきこもりを経験して、幸せのハードルが下がったのかもしれない」

   ■  ■  ■

 母親の知り合いと相談を繰り返した後、運送会社で働き始めた大塚さんだったが、仕事がきつく辞めた。それから6年間、仕事に就けず貯金を切り崩しながら生活した。不登校やひきこもりの人が自由に過ごすフリースペースにも通った。

 現在はパート職員として、福祉施設で働く。「自分の経験が生かせれば」と、不登校の親の会には10年以上参加している。

 「僕は一度は外に出たものの、6年間無職だった。親は社会復帰を願うけれど、本人が望むなら家にいたっていいんじゃないかと思うようになった」。家族ら周囲には「とにかく対等な立場で話を聞いてあげて。『北風と太陽』の太陽のように」と求める。

 龍谿さんも、周囲の期待や思いは後回しにすべきだと強調する。「社会復帰までには幾つもの階段がある。最初の階段は、部屋の雨戸を10センチ開けることだったりする。それに家族が気付いて、外から『おはよう』と声を掛けてあげる。それによって家族全体が明るくなり、少しずつ前向きになっていく。小さなステップの積み重ねが大切」

 派遣の仕事をしているとき、大塚さんは職場の人から誕生日のケーキをもらったことがある。ひきこもりの過去を打ち明けると、多くの人が応援してくれた。社会復帰の道は平たんではなかったが今はこう思う。「社会は思ったより温かい」

関連記事