彼女に「かぐや姫」と「浦島太郎」についての読み解きをしていただいた数日後、庭を歩いていてふとこの日のことを思い出し、思わずはっとしました。そしてすぐにお礼を兼ねて彼女に手紙を書きました。「あなたが来られて起きたことは、あれはすべて観音力だったのですね。いつまでも今の生活を辛く思って嘆く私に、あなたに来ていただいて、「かぐや姫」と「浦島太郎」のお話の読み解きまでもやっていただきました。それは理解の鈍い私にもわかるほどの懇切丁寧な読み解きを通して、今の生活の意味をしっかりわからせようとされたのですね。」と。

 それから何か月かたって、いつもの京都の講座でのことです。次の講座の予告として「ミカエル衝動」という言葉が出てきました。ミカエル衝動とは日本で言う観音力にあたるということです。すると、ことのいきさつを手紙で知っている友人が、私が体験した観音力について皆に話すように促されるのです。そのときいつもの講師をしてくださる先生が、「加藤さん、観音力を体験されましたか?」と、私の方に視線を向けて聞かれるのです。

 私には突然のことでしたし、まして、私個人に起きたことで、公の場で話すことでもありません。また、それが確かに観音力だと断定できるものかどうかもわかりません。なぜこんなところでそんなことを話さなければならないのかという思いが強く、その時にはそのままを話す気にはなりませんでした。私は確かに観音様のお守りもさせていただいてはおりますが、なんといってもご本尊は阿弥陀仏でありますので、現世利益的に観音信仰を誤解されても困るという思いもあったからです。すると、その講座が終わってから、その友人は、私が話さなかったことに対してとても立腹した様子で、既に先生には、加藤さんの観音力については話してあるのだというのです。「先生が知っておられたのであれば申し訳ないことをした」という気持ちからと、彼女の口調から少し追い詰められた精神状態であった私は、「それならこの次のみんなの発表の場である‘玉手箱の会のときに福井に伝わる“水仙伝説”の人形劇をしましょう」と、とっさにひらめいた水仙伝説にすがる思いで約束してしまったのです。果たして“水仙伝説”が私の体験や、観音力とつながりがあるのかどうかあまり自信のないままにでした。(平成3年4月起稿)

『ふるさとへの思いから――越前水仙に導かれて――』拙著(ウインズ)より抜粋

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