時期や材料などに限定されながらであってもその中に作る自由さがあって、材料に問いかけながらその自由さの中に必然さを見出す楽しさや喜びが味わえ、生きる力となって湧き上がってくるのです。他の人から見れば笑われてしまいそうな、こうした実にささやかな喜び、楽しみに支えられながらの日々の暮らしでもあるのです。昔の人たちは口には出さずとも、こうした喜び、楽しみを毎日の生活の中で味わってこられていたのではないのだろうか、そしてそこから様々な生活の、あるいは命に対する知恵が生まれ、そうした知恵が伝承されてきていたのではないだろうかと、切干大根作りからふとそんなことまでもが思われたのでした。

 雪の下の野菜は、雪解けを待たずとも雪の下で着々と春の準備をしてきていたようです。そして、春の陽の光を浴びてその生育にいっそう拍車がかかっているようです。結球を待たずに雪の下になってしまった白菜、そして菜花は、折り菜として今を盛りと食卓を賑わしてくれています。白菜の折菜は他の折菜に比べてとても甘く、その甘さは柔らかく、ゆがいて切干大根と混ぜて醤油味でいただくと本当においしいものです。

 まるで泉のごとく折っても、折っても次々と毎日のように茎が伸びるこうした折り菜も食べきれず、皆さんにも食べていただいています。そしてスーパーなどではどこにも売っていない美味しい味だと喜んでいただいてもいるのです。

◆日常の思いを超えての世界からの導き

 今では多くのことがまるで昔話のようにずっと昔のことになってしまっているのですが、自然と共にある暮らしのなかでこんなことも思いだされてきました。

 ――京都で2日にわたってのシュタイナーの講座が行われることになっていました。定期的に行われていたその講座に、定期的に参加することなどはとうてい難しい状況でもありました。日頃思うようには参加できない私は、その講座には是非とも2日とも受講したいと決意していました。そしてその参加を家にも了承してもらっていたのです。ところが、予定を組んで、何か月か後のことでした。

 その講座のまさに2日目に、北陸の御詠歌大会の会場を自坊でということを、檀家の会員さんたちで了解して決めてきてしまわれたというのです。私たちに相談なくです。家族には了解を得ていたので、その日にいなくもいいと言ってくれました。他のお寺の奥さんたちにもその旨をお話すると私たちに任せていってらっしゃいと気持ちよく了承していただいておりました。

 しかし、檀家の会員さんたちは寺の奥さんはいなくてはならないと言われるのです。寺にあってはこれまでもこうしたことは日常的に多々あることでした。そうしたこともあって今回は私がいなくても、必要なものを皆さんに支障なく自由に使っていただけるように改めて手はずを整えて、私は京都に出かけました。

 そして、講座の最後に行われる恒例の、「自己紹介」が始まりました。この自己紹介は、他者の思いに心を澄まして耳を傾けるという自己修養的意味合いも含めて行われてきていたのだそうです。座っている場所の順番からいうと私は一番最後になります。ですからうまくいけば時間内には私のところまでは廻って来ないかもしれない、そう思った瞬間でした。

 友人の一人が、「加藤さんは今日帰られるのでしょう。加藤さんから自己紹介を始められたら」と突然私に振ってこられたのでした。‘今日帰るなどとは言っていないのに、この期に及んでなんといらないお節介を’正直そう思ってしまいました。が、結局私から自己紹介を始めることになったのです。その時何を話したのかは覚えていないのですが、多分自分の置かれていた状況についての正直な気持ちをお話したのではないかと思います。

 自己紹介が終わって間もなく、その講座の講師の先生が、すぐに私のところにやって来られて(そのように感じられたのです)「加藤さんそれでいいのですよ」と言われるのです。でもその時の私には、何が‘それでいいのか’よくわからなかったのです。帰りたくない思いが強いなかで、まだ帰ると決めていたわけでもなかったからでもあったからでしょう。

 しかし、それからどういう成り行きになったのか、私は、帰る電車に乗っていたのです。そしてあくる日には自坊で行われる御詠歌の北陸大会に参加し、そのお世話をしていたのです。

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