【越山若水】三国志の英雄、曹操は情報戦でも抜きんでていた。陳舜臣さんの小説は、そんな人物像をありありと描きだしている▼「曹操 魏の曹一族」の一場面。初対面の相手から、なぜ当人と分かったか問われた曹操は、「左眉の上に黒子(ほくろ)が二つならんでいる」からと応じる。会談の前に入念な調べが済んでいた▼先月ネット上で、中国河南省にある曹操の陵墓から発見された遺骨が、本人のものと確認されたという“ニュース”を見た。起点はネットメディアらしく、たちまち世界に拡散した▼ところが同省研究機関が「新発見でない」と言っている―との話が出てきた。真偽論争はあるが墓の存在は2009年に発表され、本紙も報じていた。行き違いの真相は分からない。あるいは調べが「入念」でなかった?▼実は、筆者も“ニュース”に接した時点で新発見だと思い込んでいた。恥ずかしい限りだが、陳さんの小説のおさらいを始めたり、曹操の資料を探したり。すっかり踊らされてしまった▼「遺骨」が1800年後に起こした騒ぎを曹操はどう見るだろう。当時の情報が伝わる速さは、人が人に会いに行くことと同じだったはず。拡散スピードに興味を持つかもしれない▼陳さんは同書で、大変なときほど曹操がのんびりしている態を装った―とも書いた。右往左往した自分などは「まあ、落ち着け」と言われそうだ。

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