【越山若水】30年ほど前の話になる。娘の手術を控えた母親がいた。心臓の弁を交換するための手術で、2人は機械弁か、動物のものを使う生体弁かの選択を迫られていた▼機械弁なら再手術の可能性は低くなるが、生体弁と比べ手術後の生活に制約が大きいとされた。娘はまだ若く、母として大きな手術を何度も受けさせたくない▼もちろん、暮らしていく上での負担も極力、軽い方がいい。結局母娘は生体弁を使うことにした。迷いが尽きない中、長い話し合いの末にたどり着いた結論だった▼偶然、当時の小欄が同様の手術について書いた。文章からは生体弁への書き手の抵抗感がうかがえた。事情はあったのだろう。ただ母親には、とげのある表現になってしまった▼筆者は駆け出し時代、この母親に涙ながらの抗議を受けた。「私も娘もどんな思いで決断したか分かりますか」。震える声を前に、おろおろと頭を下げることしかできなかった▼当コラムも新聞記事である。記事である以上、万人に対していつも、愉快な中身を届けられるとは限らない。誰かを非難することだって当然ある▼だけれど、異論や批判を紙面に出すのなら、書かれる相手にも心を巡らし、礼節を守りたい。あの母親はきっと、若い記者に記事を書く怖さを教えてくれたのだ。4月から小欄執筆者の一員に加わることになり、その思いを強くしている。

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