【越山若水】失礼ながら亀を思った。少しでも身の危険を感じると、かたい甲羅の中に身を縮めてしまう。財務省の前理財局長として国会の証人喚問に応じた佐川宣寿(のぶひさ)氏である▼うそをつけば偽証罪に問われる。けれど、刑事訴追を受ける恐れがあるという理由なら証言を拒める。佐川氏もそうするだろう、というのが大方の予想だった▼残念ながら、その通りになった。決裁文書をなぜ改ざんする必要があったのか、核心の問いには証言を拒否した。一方で、官邸側からの指示をはっきりと否定した▼野党は「トカゲの尻尾になろうとしている」と評した。同様の感想を抱いた国民も多いに違いない。亀のように甲羅にこもるのは、本当にわが身がかわいいからだけなのか、と▼春の奇妙な季語に「亀鳴く」というのがある。亀は実際は鳴かない。なのに和歌の世界では春の夕、雄亀が雌亀を慕って鳴くものだとされ、好んで季題にする俳人も多いという▼「亀鳴くや事と違(たが)ひし志」安住敦。恋慕の情からでなく、初めに立てた志と現実との違いに苦しみの声を上げる亀だろう。そう読んで佐川氏の心情に重ねてみたくなる▼エリート官僚として国益や国民のためを思ってきたはずである。どこで間違ったか、国会や国民を欺いた責任者になってしまった。その重大さを思えば同情すべきではないが、じっと黙る亀に哀れを禁じ得ない。

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