そのとき“聖杯”と同様に“宝珠を持つ童子”の宝珠もこの道筋につながるものではないかと思われたのです。摩尼珠が東洋の聖杯だと西川隆幡氏はその著書『薔薇十字仏教』(国書刊行会)の『正法眼蔵』に書かれている摩尼珠についての説明のなかで触れておられるのです。そういえば「宝珠」の形は「桃」の形でもあるのです。

 今にして思えば先にゴールともなる「宝珠を持つ童子」との出会いが与えられていて、そのゴールを目指していろいろな手がかりに導かれながら今日に至ったという思いがしております。その究極の意味についてはこれからの人生において更に確信的な答えとの出会いがあるように思われるのです。(2002年3月20日結)

 私の「福井の孫渡しとして贈られる天神様」について書き綴ってあった文章は、ここでひとまず終わります。次回からは福井に伝わっていた 「玉手箱」から導かれる世界を、これまで書かせていただいてきた「天神様」に関する内容と併せもってみていけたらと思います。

 

 

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