なんの話とは言いにくい。

 短編小説が23編、ずらりと並んでいる。

 ある日友達が人魚になってしまったり、偶然隣り合わせた老婆から恐ろしい身の上話を聞かされてしまったり。若返り手術が当たり前になった国で何歳の自分に戻りたいか悩むなんて話もあれば、足のない幼馴染に下僕として扱われながら暮らすという話も。もう少し紹介しよう。

 ある朝起きたら知らない女の子が隣に寝ていてというのはかなりオーソドックスな方で、引きこもり生活を送っていたら全身から毛がモジャモジャと生えてきたとか、知らない食べ物を口にする夢を見て後日その食べ物を実際に食べたらまったく同じ味だった、または近所のゴミ屋敷にどうしても惹かれてしまい足しげく通ってしまうという話もある。

 ホラー、ミステリ、SF、ファンタジー、いわゆる“純文学”っぽいもの、そして恋愛。それらを自由に掛け合わせたり、スライドさせたり、逆さまにしたりして、それぞれ肌触りのまったく異なる23の短編が出来上がっている。

 全てに共通しているのは、主人公が女ということと、主人公がなんらかの形で関係することになる相手もまた女であること。恋をするのも、友情を深めるのも、対立して傷つけ合うのも女同士。時々登場する男たちは例外なく影の薄い脇役で、彼女たちにはなんの影響ももたらさない。

 この女と女という点から本書を読み解こうとすれば、男がいなくても女の世界は完結する、みたいなジェンダーの話に展開していくのだろうけれど、私はその方面には詳しくないので、そうはしない。

 その代わり思いを馳せるのは、23のストーリーを支えている感覚だ。

 ほとんどの主人公は、自分から行動を起こす前に、なんらかの予期せぬ事態に巻き込まれる。一般的にはありえないような出来事に遭遇して、その後の日々を一新させていく。外的な出来事によって、女の子たちは小さく生まれ変わるのだ。

 そのプロセスには男はもちろん、メンター的な大きな存在も必要としない。どこかへ出かけて行って新しい何かを手に入れる必要もない。

 彼女たちにとって生まれ変わるとは、もともと備わっていたものに気づくこと、知らなかった自分の一部を開かせること。それで十分だし、それを求めているのだ。どこへも行かなくても、気が狂うほどの恋をしなくても、生まれ変わることはできる。

 その感覚が私には本作のもっとも新しいところだと思える。

(ポプラ社 1600円+税)=日野淳

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